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「スリーカウントでトリガーを引いて」
敷布団すら敷いていない部屋で、彼に組み敷かれたまま耳朶に唇を寄せて囁かれた。
抜けるような吐息混じりの低音ボイスが、耳朶から背骨を伝って腰を溶かす。
秘裂に押し当てられた彼の熱がジンジンと振動のようなものが伝わってきて、引き金にかけた人差し指の力が蕩けてしまいそうだ。
脳天からつま先まで熱で浮かされてしまいそうな中、月を溶かしたような碧い瞳が私の顔を捕らえて離さないの。
覆うように組み敷いていた彼は、膝立ちになって左胸を指差した。
「 3 」
訛りのない低音ボイスが上から振ってくる。
唐突なカウントダウンに緩みかけていた肘を張った。
軽量化にした拳銃でも、女の手で持つ銃の重みは応えるようだ。
二の腕が震えてくる。
筋力が無いから震えてしまうのだろうと思ったが、自分の感覚が麻痺しているのだと自覚した。
どうやら、私の“常識”は生きているみたいだ。
私は今、愛する人に銃口を向けていることを忘れてはいけない。
「 2 」
逆らうことを良しとしない、細められた碧く底光りした瞳が私を信頼しているの同時に、本性がそこに存在している。
「 1 」
撃つ!!
一瞬迷ったが、1カウントで渚の瞳の色が変わったように見えた。
その反応に見惚れたが故に、右手人差し指をかけたトリガーが弾かれる。
発射による反動で掌、手首、腕、肩への負荷がかかり、衝撃に目を瞑ってしまった。
目の前にいる愛する人が「銃弾を喰らっても死なない」なんて彼ではない人が言ったら、信じただろうか?
何度も彼に命を救われて、いつだって命を張って迎えに来てくれる彼が、例えミサイルに撃たれても死なないのではないだろうかと思うくらいに。
そんなわけないのに、迷いなく撃てたのはきっと“信頼”以外なにものでもないのだろう。
目にも止まらぬ速さで、銃弾軌道から逸れるように体を捻って逸らしたかと思うと、銃弾は障子が開いた先のガラス戸を突き破った。
その先から声もなく草木を折っていくような音が闇夜から聞こえてくる。
硬く閉ざした瞼を持ち上げると、自分の両腕は発砲の衝撃で跳ね上がった銃口が天井に向いたまま静止していた。
撃てと言った本人は、熱杭の欲望を携えたまま後方を振り返り見ている。
「ナイスショット。
乙葉が俺を信頼してくれて嬉しいよ」
ナイスショット???!
こちらに向き直ると、彼は何の悪びれる顔でもなく満面の笑みで嬉しそうに言った。
「このゾクゾク感が乙葉に伝わればいいのに。愛してるよ、乙葉」
乱れた浴衣を整えた彼が、私の額に口付けて、脱がされたショーツを元に戻す頃には、庭園に黒服の男たちが集まっていた。
呆然と庭を眺めていると、帯を締め直した渚はモダンにデザインされた障子を閉めた。
「お仕事してくるね」
冷えるから暖かくしておくんだよと膝掛けをかけられ、構えたままだった銃を取られた。
「渚さん、阿呆が侵入してきてたの気付いてたんですか?!」
廊下で控えていただろう権田が上着を持っている。
「さぁね。愛する妻と遊んでただけで、命中できたらラッキーくらいには思ってたよ。
夫婦の絆を試した甲斐があったなぁって、今とても気分が良いんだ〜」
「はぁ・・・」
上機嫌で部屋を去って行った渚は、権田の困惑顔に気づかなかったようだった。
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