259人が本棚に入れています
本棚に追加
「な、にが起きた、の?」
困惑しているのは権田だけではなく、発砲した本人もだったが。
渚は満足そうだったが、「刺激的なセックスをしよう」と言った。
なのに、情熱的で艶めいた声と愛撫で誘われたはずなのに、彼は何もせずに去って行った。
どういうこと???
掌が鉄を叩いた後のような痛みがジンジンと伝わってきた。
これが発砲したあとの反動なのかと、今更になって怖さが襲う。
良かった、渚に当たらなくて。相変わらず無茶なことをするのだから。
そして、これが彼の日常なのだと再認識した。
この痛みが、人の命を奪う。
渚がいる世界は、きっと暗くて冷たい世界なのだ。
『“ 乙葉は俺の太陽で、色なんだよ。君がいない世界なんて、生きてる意味なんてない”』
彼の言葉の意味は何度も、何度も私を強くさせる。
私の存在意義が、彼の生きる意味で道標だ。
怖く無いなんて嘘になるけれど、渚が私を迎えに来てくれる。そう信じているから、私は引金を引けた。
でも、もし渚が私に『人を殺せ』と言ってきたら、さっきみたいに引き金を引けるのかな。
そんな野暮なことを考えて、思わず口元が緩んだ。
「渚がそんなこと言わないことくらい分かってるのにね」
彼がどんな人なのか知っていることでしょう?
私をお姫様のように扱う彼が、人を殺せだなんて指示するわけない。
むしろ、自分が死んでも構わないと思っている人だから、私が引き金を引くよりも速く、彼が手を下すのでしょう。
だから怖いのだ。
自己犠牲を厭わない彼だから。
膝掛けをサッと折り畳み、庭園から聞こえてくる怒号を見に障子を開いた。
2月の冬空の下、900坪ある敷地内で黒服の男たちが集まりだしていたのは、どうやら侵入者がいたからだろう。
ここは中庭だが、入り組んでいる為侵入者が入りずらいはずだ。むしろ、監視下の中どうやって入って来れたのかわからない。
引戸を引き、床暖が敷かれた廊下へ踏み出る。
縁側の前に2人、組員が立って辺りを見渡していた。
「姐さん」
静かに引戸を引いた音に気がついた1人の組員が私を見上げた。
濡れた鳥羽色のような、紫混じりの黒髪。サイドバングがアシンメトリーで左耳に朱色の組紐でできたピアスを下げた彼は、ほんのり鼻が赤くなっていた。
「身体に障るよ。今、気温1℃だし、これから更に下がるって。安心して寝ててよ。僕たちが監視しておくからさ」
最初のコメントを投稿しよう!