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粉々になったガラス戸を板で塞いでくれた1時間後、サッシ屋が駆けつけてくれ、15分後には元通りになっていた。
結局、侵入者はどうなったのか報せてはくれなかったが、とりあえず生きていることは教えてくれた。
深夜にかけてシンシンと降り始めた雪は、朝には庭園一面を真っ白に染め上げていた。
隣でスヤスヤと眠る渚は、浴衣ではなくスーツ姿だった。
どうやらあの後、出掛けたようだ。
気持ちよさそうに眠っているのを眺めていると、水墨画で描かれた鷹の襖の向こうから聞き慣れた声がかけられる。
「乙葉チャン、今日健診の日よね。お腹を出しやすい方が良いと思ってカットソーとスキニーデニム用意したけど、確認してくれるかしら」
デニムは裏起毛になっているから、雪が降っていても冷やすことはないと思うのだけど。と、気配り達人な尾崎が自信満々に言う。
尾崎さんが手配してくれる服はハイブランドで、妊娠してから乾燥しやすくなった肌を労るために摩擦の起きづらい服だったり、機能性優れたものを用意してくれるようになった。
なんなら保湿効果がある下着があるのだと用意してくれたが、デザインが年配向けだったので渚が突き返していた。
ロイヤルブルーのリブニットのカットソーに黒のマタニティスキニーデニムのコーデは、パキッと映えた。
パンプスはヒールがあるものの、安定感のあるものを用意してくれたようで、滑る心配もなさそうだ。
支度を整え、産婦人科へ尾崎さんに送ってもら
った。
今日から7ヶ月目なのだ。
「乙葉チャン申し訳ないのだけど、これからアタシは渚と中国に行かなきゃいけなくて」
「琴巳さん、姐さんのことなら代理夫の僕に任せてくださいよ」
助手席に座っていた枻がヒョッコリと顔をだして微笑む。
「忙しい中、送ってくださってありがとうございます。枻くんいつも通りよろしくね。
いつ帰国予定ですか?」
海外出張はよくあることだから、最近は慣れてきてしまって何とも思わない。
いや、少し寂しいけれど、寂しさを埋めるように毎日が賑やかで充実している。
渚は国外で秋月先生とやり取りしているとかで、他国との取引に駆け回ったりする。
ホテル視察と称しての出張では、再び蔓延るだろうと大麻などの生産しているアジトの確認し、排除しているのだという。
地元警察でも嗅ぎつけられるように誘導したり、自ら手をかけたりしていると聞き、ハラハラすることもあるけれど、一度始めてしまったからには、もうやり遂げなくてはならないのだと腹を括ったように呟いていた。
そして、帰国が2日後だと聞いてホッとしたが、ニュースで度々、薬物による事件が相次いで取り上げられており、不安な日々を過ごした。
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