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「姐さん、暗い顔させたくて言ったわけじゃないんだけど」
面倒くさそうにため息を吐いた拓は、私の頭をくしゃっと撫で回してきた。
「わっ」
髪の毛が乱れたが、出会った頃に比べて大きくてしっかりした手のひらに胸の奥が痛い。
もう、拓も響も小さな子供じゃない。
そう思うのに、なぜか悲しくて、視界が潤む。
「本当、何度も言うけど、それでも極道の女なの?
こんなことで泣かれるとこっちが困るんだけど」
言葉は鋭いのに、拓の瞳は柔らかく微笑んでいて、ヨシヨシと子供をあやすみたいに頭を撫でられた。
「ごめんね、拓くん。私、本当だめだね。子供の話になると最近、涙腺弱くなっちゃって」
「姐さん泣かした!渚さんに言いつけてやるぜ!」
ウヒヒッ!と変な声で笑いながらメッセージを打ち込んだ響に気が付き、拓と2人で戯れ合いはじめた。
中学生の時に大人たちにいいようにされてしまったことをカミングアウトした渚を思い出した。
私が渚と出会ったのは、そんな頃だったから。
全身痣だらけだった、黒髪の少年。
紫青色の瞳が力無く私を見上げて、光を失っていたのを今も覚えている。
腕に残るたくさんの赤紫色の痣が、注射痕だったことに気が付けたのは、母が看護師で教えてくれたことがあったから。
同い年には見えない、女の子よりも痩せ細った体は見るに堪えないほど。
服もボロボロだったのを微かに覚えている。
「少しでも世界が変わるといい」
渚が変えたいと願った。
今も残る大きな代償を背負って、消えない傷に苦しんでいる。
渚がセックスで快感を得難いことを知ったのは、尾崎さんから知らされた。
全ては、薬による後遺症から。
消えない苦しみは永遠に体に残って、彼の中で蠢くのだという。
渚は私とすると安心感があると言ってくれるし、最近は射精障害から解放されつつあるが、まだまだ課題は残っている。
心に負った傷は消えないのだ。
先日のように、銃口を向けるように指示したのだって、性行為に罪悪感を覚えている時なんじゃないかって思う時がある。
そういう時は、渚の心が堕ちている時なのだと最近分かるようになった。
とは言ったものの、少し時間が経ってから分かるのだけど。
普段とは違うなと、キッカケを与えられたに過ぎない。
渚、大丈夫かな。
かなり無理しているのだろうと思い始めたのは、やはり銃口を向けるように言われたあとからだろう。
セックスをする素振りを見せておきながらしなかった。
母体を案じてだろうか。
渚らしい答えだし、納得したけど、無理はさせたくないのが妻としての本音だ。
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