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「ALINE送信っと!
ネーサン!そろそろピラフの時間じゃね?」
響が時計を顎でさした。
「ピラティスだよ、アホ響」とため息を溢す拓に指摘され、再び2人がギャンギャンと揉め始めた。
「ピラフは料理名だからね?アホ響」
「ピラフくらい知ってるわ!!ぴら、ぴら・・・ッ!」
だめだこりゃと笑う拓に右腕を振り上げて、エルボーをかました。
ガターン!!と激しい物音が部屋に響くが、誰も見向きしなかったのは、これも毎朝恒例だからだ。
「先に準備して外で待ってるね」
机上に乗った茶碗らを片付けて、タオルやヨガマット、水筒を入れた麻の袋を手に持って、白いダウンジャケットを羽織った。
賑やかな居間を後にして、颯爽と玄関口を出た。
スケジュールは決まって尾崎さんに託して、そのあと曜日毎に送迎をしてくれる人を設置してくれる。
今日は土井さんが車を運転してくれる日だ。
彼は無口で何を考えてるのかさっぱりわからない人だが、ぼんやりとしているように見えて仕事は真面目にこなしてくれる。
ただ、少しマイペースなところがある。
エントランスキャノピー下に普段なら停められているはずの車は停まっていなかった。
土井さん、のんびりだからなぁ。
ただ、時間はゆとりを持たせている。
白い息が立ち上るのを眺めていると、目の前に黒塗りの車がスゥッと停まった。
運転席側から降りて、ドアが開けられるのが一連の流れなのだが、なぜか今日は後部座席の戸が開いた。
スモークフィルムが貼られているため、誰が乗っているのかすらわからなかった。
「え?」
車の中に引き込まれたのだと理解したのは、後部座席に押し込められて、車がゆっくり発車したあとだった。
「え、え?!誰?!」
黒塗りのセダンに乗っていたのは、覆面をした体格の良い男と、中肉中背の覆面男、そして眼鏡を掛けた運転手とピエロの被り物をした人が助手席に座っている。
また渚の変なドッキリかなんか?それとも誘拐?どっち?!
車内は誰も声を出すことなく、覆面男の間に座らさせられている。
1人焦っているのがおかしいと思えるほどに、車内は酷く静かだ。
また、誘拐されてしまったの?
こんなにあっさりと?スムーズ過ぎるんじゃない?
得体の知れない、忍び寄るような恐怖が背中を這った。
私の行動パターンが読まれている?
不規則に予定を組んでいるはずなのに、どうしてなのか。
何度目かわからない誘拐で、私の感覚も麻痺してきているのだろう。
覆面男に挟まれて座らされているのに、冷静に状況を把握しようとしていた。
尾崎さんに“無駄に騒がない。大人しくしている”を忠実に守った。
隙を見て逃げたいと思うが、『助けが来るまで大人しくしていること』をキツく言いつけられている。
まるで親が子に言うように。
そうでなければ、私の命など軽く扱われてしまうのだそうだ。
私を通して、その先にある【青柳 渚】との交渉。もしくは、彼を殺すために。
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