ヤクザの奥様と半グレ

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 どれほどの時が流れたのだろうか。 カーナビに表示された時刻を見て、小1時間は走っていた。  しかし、乙葉はどこか気が抜けていた。 私の持ち物を探る様子もないし、目隠しをすることもしてない。 運転手以外、みんな覆面をしているから余裕があるのかな? スマホの位置情報はオンになったままだし、カーナビも隠すこともしてないから、自分がどこにいるのかも分かる。 抜けてる誘拐犯だ。 目的はなんなのだろう?  揺れる車内で静かに過ごしていると、助手席に座っていた方から声がした。 「やっぱり極道の女は違いますね。 自宅から拉致されたというのに、悲鳴すらあげないとは」  若くも品のある声は、聞いた事のないものだった。  ハキハキとした声の主は、ピエロの仮面をしたまま後部座席側へと顔を向けて言う。 「貴女に協力してもらいたいんです」  謎のピエロは不気味に笑ったまま、けれど声の主は善か悪かもわからない、淡々とした調子だった。 「協力ですか? 私に出来ることなんて限られてるかと。 特に、裏世界のことに関しては、私では力不足かと存じますが」  男は頭をやや傾げて、けれど首を横に振った。 「知識云々ではなく、貴女の存在が欲しいんです」 ・・・私?  言葉が出ないことを察したのか、ピエロの仮面を被った男は更に言葉を重ねた。 「着けばそのうち分かりますって」  右の耳朶に下がる鋼の骸ピアスは、繊細なアートのようだ。 絵の具で厚く塗られた絵画のようなピアスだったが、量産されたものではなさそうである。  男が前を向いた時、仮面の隙間から見えた模様にゾッとした。  鬼を貫く龍の刺青。 鬼神龍組?!!!  鬼嶋代表や鬼神元組長は逮捕されたのに、今度は誰が来たのか。 また、あののような地獄を繰り返すということなのだろうか。  鬼神龍組が如何に残虐性のある組織なのか嫌というほど知った。 鬼嶋に犯され、鬼神の女だという印も身体に刻まれた。  あの時のことを思い出すと、動悸がして辛くなる。これがトラウマってやつなのだろう。  呼吸が浅くなっているのか、目の前がくらくらとし始め、心臓や喉が熱くなった。 心臓も喉も頭も痛い。  平静でいられなくなった時、身体が震え始めた。 またあの悲劇を繰り返すの?  血を浴びることに躊躇がなく、人が泣き叫ぶ声を愉快そうに聴き、鼻歌を紡ぎながら嗤って・・・。  ドクドクと血管が脈打つのを感じ、お腹がギュウッと締め付けられるような感覚がした。 お腹が張ってる・・・。  お腹の子が苦しんじゃうっ・・・!!、 無意識に止めていた呼吸を吸おうと、喉を震わせながら深呼吸を始めた。  大丈夫よ、乙葉。冷静になって考えなきゃ。 私もお腹の子も助かる。必ず助けに来てくれる。 耳元に下がるピアスを指先でなぞり、瞼を閉じた。  鬼神龍組は縄張り意識がとても高く、自分の縄張り内にいる女性はみんな自分たちのだと思っている。 例えカタギの人間だとしても、目の前に歩いて来た女性は全てターゲットになるそうだ。  特に未成年はすぐ拉致され、心も身体もボロ雑巾のように扱い、最悪売り飛ばされる。
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