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【白い悪魔】と呼ばれた彼は、私の前では天使のように美しくて、儚くて、淋しげに微笑む青年だった。
図書室が茜色に染まる中、彼は夕陽に背を向けて立っていた。
いつも見ている彼は太陽が似合うと思っていたのに、何故か夕闇に溶ける彼が【暗闇に混じる悪魔】のように見えて、ドキッとしたのを覚えている。
悪い噂の絶えない白髪の天使は、私だけに優しくしてくれていたことを、高校生だった私は知らなかったのだ。
みんなに優しい彼が、“当たり前”だと認識していた。
でも、彼にしてみたらそれは当たり前の光景じゃなかったのだ。
彼が望んだ世界。
彼が手に入れられなかった世界。
彼が、自らの人生を犠牲にして創った世界。
彼が犠牲にしてきた数はどのくらいあるのだろう。
私と共に生きるために、どれだけ心に負担をかけてきたのだろう。
その碧い瞳に私しか映らないのは、どうしてなのだろう。
勉強は出来る方だったのに、彼の気持ちなど理解出来ていなかった。
彼を好きだという気持ちが少しずつ芽生えてきたあの頃。
私はただ、一途にみてくれる彼に疑問を覚えた。
杞憂なほどに心配してくれる彼が、今までどんな生活をしてきたのか。
『帰ろうか』
彼の碧い瞳に映った私は、ミディアムヘアでメイクもほぼしていなかった。
『うん』
照れ臭くて手も繋がずに帰った帰り道は、野木くんにとってどんな心地だったのかな。
皇道会や鬼神龍組たちに狙われた数年間。
彼は“永遠”とも言える闘いに覚悟を決めて今の立場に立った。
たった17歳の高校生が、【命】をかけた。
私のために。
同学年の男子たちは馬鹿なことばかりしている中で、不思議な空気を纏っていたのを今でも覚えている。
彼が無理して学生らしいことをしていたように思えたのは、私や周囲に合わせてくれていたのだろう。
“普通の生活”がどんなものなのか、彼なりに手探りで、私に嫌われないように細心の注意を払って。
陽が落ち切る前の空が好きだった。
彼との会話がない帰り道でも、一緒に帰っていることが嬉しかったから。
彼は私と同じ気持ちになれたのかな。
そう思って帰路に向かっていたつま先は、私以上に彼が思っていたのかもしれない。
『乙葉とこうやって帰れるのが、奇跡みたいで嬉しいと思ってるよ』
唐突に彼の口から漏れたその言葉は、いつものオーバーリアクションの一つだと思った。
穏やかに、だけど素直に口にしているのを彼の目を見て思うと、気恥ずかしさで眉根が下がった。
私も同じ気持ちだよ。
あの頃はただ、素直に喜んだ言葉だった。
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