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「お前とは結婚できない!」
「うん。わかってた。っていうか、ほっとした」
ここはティアリナ王国のお城の中。
会話している男女は、女勇者のカーラと、ティアリナ王国の第一王子セルジョである。
カーラは魔王を打倒し、先ほど城に帰国したところだ。
王と謁見する前に、セルジョに話があると言われ、彼の部屋を訪れた。そこで聞かされた内容にカーラは即答した。
「父上が乗り気でね。まあ、魔王を倒した勇者だからね。わかるんだけど」
「セルジュ殿下。断れ。じゃないとお前を斬る!」
「やめてくれよ。ちゃんと断るから」
「それならいい。今すぐ王へ話してこい」
「その言い方。本当、恐れないよね」
セルジョの話はそれだけだったようで、カーラは仲間たちが待機している場所へ戻った。
しかし、そこには二人しか居なく、フォルマの姿は消えていた。
一年前、魔王が復活して、カーラは勇者に選ばれた。
選ばれた基準は、伝説の石に刺さっていた勇者の剣を抜いたことだ。
騎士団の第三部隊長であったカーラは、女性であったが念のためにと勇者の剣抜きに付き合った。
十五人が挑戦し終わったところで、彼女が柄を触るとするするっと抜けてしまった。
間違いだろうと、彼女は剣を元の位置に戻したのだが、それから百人挑戦しても誰も抜くことができなかった。
再度カーラが柄を握ると、すぽんっと抜けてしまい、彼女が勇者に決定した。
それから、魔王討伐隊が組まれた。
勇者カーラ、守りを担当する重装騎士アルミオ、攻撃魔法を使う魔法使いクレア、防御と回復担当の神官フォルマの四人だった。
アルミオはカーラの同僚、クレアは宮廷魔術師団から、フォルマは中央神殿から、この魔王討伐の旅に参加することになった。
魔法使いクレアはアルミオの恋人であり希望を出し、実力も問題ないことから討伐隊への参加が許可された。神官フォルマは、神殿の代表として魔王を倒すべく参加した。
「フォルマ。疲れてないか?」
「ご心配なく。勇者様」
「勇者ではなく、カーラと呼んでくれ。フォルマ」
「はい。カーラ様」
「様もいらないんだけどな」
「それは難しい相談です」
「仕方ないな」
神官フォルマは眼鏡をかけた男で、細身であったが、討伐隊に加わるだけあって、体力はあった。またナイフを使い、小さな魔物は彼の手によって討伐され、食糧と化す。
ナイフは料理の際にも使われ、彼は器用に魔物を解体したり、野菜を切ったり、大活躍だった。ちなみに魔物の毒はフォルマの浄化の祈りによって綺麗に消され、野生の獣と同じように普通に食べれる肉に成り果てた。魔物のほうが筋肉質で無駄な脂がないとカーラが絶賛し、普通の獣よりも魔物を狩って食べることになった。
「本当、フォルマの料理はうまいな」
食糧調達だけでなく、料理も彼は上手だった。初めはクレアもアルミオのために作りたいとゴネていたが、フォルマの料理が圧倒的に美味いため、そのうち何も言わなくなった。
代わりに時間を持て余したクレアがアルミオといちゃつくことが多くなり、フォルマは赤面しっぱなし。カーラは気にしていないのだが、フォルマがあまりにも恥ずかしそうなので、そういうことは影でやってくれと苦言を漏らしたくらいだった。
そんな感じで少し弛みがちな一行だったが、戦闘になれば、アルミオが大きな盾を抱え、一行の前に立ち、クレアが攻撃魔法を繰り出す。フォルマはアルミオを中心に防御力強化の祈りを捧げた。カーラはクレアの魔法から外れた魔物に止めを刺す。
四人は見事な結束力で、立ち塞がる魔物を倒していった。
「いよいよ、明日は魔王城だな」
「ここまで来ましたね」
「早く魔王倒して結婚式あげようね。アルミオ」
「そうだな。クレア」
二人は魔王討伐が終わり次第、結婚式を上げる。そして休みをとって新婚旅行に行く予定だった。魔王討伐という偉業を果たすのだから、長い休暇を取るのは当然というのが二人の主張だ。
「カーラ様は、魔王を倒して城に戻ったら、どうされるつもりですか?」
「それは、」
「それは、王子との結婚でしょ?」
「は?」
フォルマの問いに答えようとしたカーラを遮ったのが、クレアだ。
夢見る少女の目で結婚を語り、カーラが真顔になる。
「アホなことを言うな。結婚すら考えたことないのに、王子なんて。あの貧弱なセルジュだろ?問題外だ」
「あらあ?セルジュ殿下はああ見えても鍛えてらっしゃるみたいよ。脱げばすごいんじゃないの?」
「クレア。俺以外の男の裸を語るんじゃない?筋肉が見たいか?俺のこの見事に鍛え抜かれた体を見せてやる」
「いやーん。夜まで取っといて」
「こら、馬鹿なことを言うな。フォルマが困って、」
いつもならフォルマは二人のやり取りを聞いて、頬を赤らめる場面なのだが、今日は呆然としているだけだった。
「フォルマ。どうしたんだ?大丈夫か?」
「いえ、なんでもありません」
「そっか、それならいいが。明日は最後の戦いだ。早く寝て、英気を養おう」
「はい」
「そうね。明日が終わればお楽しみだもの」
「そうだな。クレア」
「そこの二人!そこでいちゃつくな!」
二人が唇をくっつけ合いそうなのをカーラは止める。
フォルマはまた無反応で、カーラは本当に心配になってしまった。
「フォルマ?本当に大丈夫か?薬でも飲むか?」
「大丈夫ですから。私のことは気にしないでください」
「そう言われても気になる」
「……私がいないと防御力も落ちますし、怪我をしても大変ですからね」
「ん?そうじゃないぞ」
「すみません。私はもう寝ますね。おやすみなさい」
「フォルマ。大丈夫なのか?」
カーラは小さくなっていくフォルマの背中にそう声をかけるが、彼は振り向くことはなかった。
「あーあ。焚き付けるつもりが、もしかしたら消火してしまったかしら?」
「クレアのアホ。お前、どうするつもりだ」
「どういうことだ?」
「別に。なんでもないわ。カーラ。フォルマのことどう思っているの?」
「フォルマ。いい仲間だ。料理も作るのうまいし」
「なんだ。それだけなのね」
「あ?どういう意味だ?」
「クレア。これ以上余計なことは話すな。明日は最終決戦だぞ」
「そうね。ん。じゃあ、カーラ。おやすみなさい」
「クレア、待て、どういう意味だ?」
「なんでもないわあ。眠い」
「俺も眠いな。寝よう」
戸惑うカーラに説明もなく、二人は天幕の中に入っていった。
「なんだ。いったい」
仕方ないので、カーラも天幕の方へ戻る。
クレアとアルミオのたっての希望で、二人は同じ天幕に寝ることになった。
残りの天幕はカーラとフォルマが共有して使う。
フォルマが寝ているだろう天幕を背に、彼女は見張りをするために焚き火の近くに腰を降ろした。
見張りは、一夜に二人で交代して行う。カーラとフォルマ、アルミオとクレアの二グループに分かれて一日置きで担当を変える。今晩は、カーラとフォルマが担当し、カーラが最初、フォルマが後だ。魔物避けの薬を周りに撒いているので、襲われる可能性は低いが、念のために見張りを立てていた。
「カーラ様」
「ああ、起きたか?もうそんな時間か?体調はどうだ?」
「体調は大丈夫です」
「大丈夫って。そればっかりだな。明日は最終決戦だぞ。しっかり休んだほうがいい」
「そうですね。すみません」
「謝るな。でも本当に体調が悪いなら、もう一日ここで休もうか?」
「それは必要ありません。私は、ただ」
「ただ?」
「カーラ様は、セルジュ殿下と本当に結婚されるんですか?」
「そんな馬鹿なことあるわけないだろう。私は一生結婚するつもりはない」
「そうなのですか?」
「ああ。私は世に言われるような女性的な要素がまったくない。まあ、興味もないが。一生騎士として生きて行くつもりだ。魔王討伐の旅は楽しかったがな」
「そうなんですね。……私もこの旅は楽しかったです。不謹慎ですが」
「楽しむことは大事だ。旅が終わると、フォルマの美味い料理が食べれなくなるのが残念だな。そうだ。たまにうちに遊びにこないか?」
「へ?」
「ああ、神官はそういうことはだめなのか?」
「いえ、あの是非」
「嬉しいな。待ってるからな」
「は、はい」
カーラが笑い、フォルマが照れたように頬を染めた。けれども焚き火の明かりで、彼女が気がつくことはなかった。
翌日、一行は見事に魔王を退治して、帰還した。
魔王を倒したおかげで魔物は消え、世界に平和が戻った。
そうして冒頭に戻る。
「フォルマは神殿に戻ったのか?」
「さあ、知らないわ」
「なんで知らないんだ!」
「怒鳴らないでよ。ほいほい、あなたがセルジュ殿下について行くからでしょう?」
「はあ?王族に呼ばれたんだ。ついていかないといかんだろうが」
「そうだけど。フォルマに一言かけるとか」
「なんでそこでフォルマなんだ」
「気がついてないの?」
「クレア。カーラに恋心を説くのは酷だ」
「こ、恋心?なんだ、それは」
「ほらな」
「そうね。それより、カーラは、セルジュ殿下と結婚することにしたの?」
「ありえん」
「そうよね。やっぱり」
「フォルマの勘違いだな。まあ、わからなんでもないが」
「ああ、なんだ。さっきから」
「カーラ。フォルマを自分で探してみろ。それで聞いてみろ」
「自分で?この城の中を?」
「そうね。それがいいわ」
「クレアまで何を言って。ああ、いいさ。これ以上なんかよくわからない会話をするのは時間の無駄だ。自分で探す。王から呼び出しがきたら適当に誤魔化してくれ」
「適当?」
「無茶だろ?」
「お前たちが自分で探せっていったんだろ」
「わかったわよ」
「任せておけ」
「じゃあ、頼んだぞ」
カーラは二人の肩を叩くと、部屋を出る。
城は大きい。
もしかして神殿に戻った可能性もある。
しかし、彼女は一つだけフォルマが行きそうな場所に心当たりがあった。
魔王討伐の旅へ出発する前、外壁の上に登り、街を見下ろしていると隣に立つ気配に気がついて、振り向くとそこにはフォルマがいた。
「夕暮れ時、城の外壁の上から見る街がとても綺麗なんだ。本当は、北の塔のほうが見晴らしがいいんだろうけど、王族以外は出入りできないからな。だから、私はこうやって外壁の見張り台から街を見るだけで満足できる」
「綺麗ですね。とても」
「そうだろう」
フォルマに同意されて、カーラは嬉しかったのを覚えていた。
それが初めてフォルマと会話した時だった。
「フォルマ!」
「カーラ様。どうしてここに、セルジュ殿下は」
カーラの予想が的中して、フォルマはそこにいた。
「何を言っているんだ。セルジュ殿下は関係ないだろう?」
「関係なくありません。あなたの夫になられる方ですから」
「は?ありえん。そんな話断ってきた。もし断ってなかったら、斬る!」
「え?斬る。だめですよ。そんなこと」
「いいや。私は勇者だ。王子の一人二人切っても文句は言われないだろう」
「言いますよ。絶対。って、カーラ様はセルジュ殿下と結婚するんじゃないのですか?」
「当たり前だ。誰がするか。そんな話、二度とするなよ」
「は、はい!」
「ならいい。フォルマ。なんで、部屋から消えたんだ。心配させないでくれ」
「……心配。心配してくださるんですね」
「当然だ」
「仲間だから、ですよね」
「ああ。それに、お前の料理をまた食べたい。神殿にそのまま帰られたら、いつ会えるかわからないだろ?」
「料理。そうですよね」
「うん?料理を作るのがいやか。だったら料理は必要ない。だけど、たまに会ってくれないか」
「料理なしでも」
「ああ」
「嬉しいです」
「そうか、嬉しいか」
フォルマの回答に、カーラは少し照れながら笑う。
黄昏時で、フォルマは彼女の赤らんだ頬に気がつくことはなかった。
両片想いの二人は、徐々に距離を縮めていき、クレアとアルミオに三人目の子供が誕生した頃にやっと結婚に至る。
結婚式は黄昏時、夕焼けに照らされて、二人ははにかんだ笑顔を浮かべていた。
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