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「さぁ帰ろう。大丈夫だよ、僕はこんなことじゃ怒らないから。虹音もちょっとストレスが溜まってたのかな?ほら、謝れば全部忘れてあげるから……さぁ、謝りなさい」
『………』
「どうした?簡単なことだよ?“勝手に出ていってすみませんでした。今後一生こんなことはしません。約束を破ったらあなたの好きにしていいです”って頭を下げるだけだ。何も土下座しろなんて言ってるんじゃない。僕は愛する虹音にそんなことさせたくないからね。優しいだろ?さぁ、謝りなさい」
『……嫌』
「嫌だと?!せっかく穏便に済ませてやろうって言ってるんだ。しかもなんだ、家出だけじゃなくて男と密会なんかしてっ!」
『密会なんてしてない!勘違いしないで』
彼は逆上した。
私の腕を掴み引っ張っていく。一台の車の鍵が空き、彼はそこに向かい一直線に歩いていく。
乗せられたらダメだ。でも力では勝てなくて、ずるずると引っ張られてしまう。
「何してんだよ」
私の腕を掴む彼の手首を掴み、離れた瞬間、理市は彼と私の間に盾になるように立った。
「誰だ!邪魔しないでくれ。これは僕たちの問題だ」
「僕たち?お前1人の問題だろ。こんな所まで追いかけてきてどういうつもりだよ」
ヒートアップする彼に対して、理市は冷静だった。嫌がる私を強引に車に乗せようとしているところを動画に撮っていたこと、私に対してのストーカー行為など、これ以上続けるなら関係各所にぶちまけると言った。
社会的立場のある彼。そんなこと受け入れられるはずが無かった。ただ、このままだと報復が怖い。そんな心配も理市は何なくすり抜けていく。
彼を持ち上げ、プライドをくすぐり、私はあなたに相応しくないと自ら思うように仕向けていった。
「それもそうか。それじゃあ虹音、僕たちここでお別れしよう。今までありがとう。君とのことは思い出としてしまっておくよ。あぁ、くれぐれも“振った”なんでデタラメ言わないでくれよ。僕から“振った”んだから」
呆気に取られるとはまさにこのこと。彼は1人で車に乗り込み満足気に去っていった。
『なんだったの…もしかして本当に別れ話したかったの…?』
「そんな訳ない」
理市がくるりと振り返った。
「……震えてる」
理市は迷いながら私の背中に腕を回して抱き寄せた。「大丈夫、大丈夫」と優しい声が耳元で聞こえる。
『…ありがとう』
「うん」
理市は私を抱きしめたまま、囁くように口を開いた。
「待ち合わせしてる時に山さんと会って、なんか虹音が慌てたように走ってたって言ってて…おかしいって思ったんだよね。それでLINEして、電話してって感じで」
何かあったんだろうって思ったって。電話が繋がって安堵したこと、泣き声でいてもたってもいられなくなったこと、ここの駐車場に到着したら見覚えのある車が停まってたこと。
『…車?』
「そう。あいつが乗ってった車」
それは昨夜の話。星座を見上げていた時、温泉から戻ってきた時、私たちの背後を通り過ぎていった車種と同じだったというのだ。
『昨日からこの島にいたってこと?』
「昨日なのか、その前からなのかは分からないけど、俺たちのこと見てたんだろ」
『え…何で…私ここに来ること言ってない…』
「SNSとかで場所なんてすぐに特定できるよ。誰かがアップした写真に写り込んでたのかも。あいつは皓のことも知ってるんだし、そこから辿って特定できたんだろ」
『怖い…え、気持ち悪い』
「気持ち悪いって…うけるな」
きっともう大丈夫。そう力強く言う理市の言葉が頼もしくて私は微笑んだ。
『ごめんね、ありがとう』
身体を離そうとした時、理市の腕に力が入り、強く抱きしめられた。
「もう少し」
『…今日だけ、特別だからね』
「……強がり…」
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