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船酔いの彼は、皓の高校時代の友人だと言う。
私と同じように夏休みを利用して、皓を訪ねてきたのだ。
名前は理市。
『うちに遊びにきたことありました?』
何となく見覚えのある彼。
「何度か」
カウンター越しに喋る彼は、少しクールに見える。だけど、皓と話している時は、目が無くなってしまうほど魅力的な笑顔を見せる。目尻の笑い皺が健康的で色気を感じさせた。
理市の宿は皓の家。もちろんタダ飯なんてさせないと皓は言う。
「俺、ここからここまでいないから、2人で店の切り盛りよろしく」
「は?」
『え?』
皓は数日店を空ける。もちろん確信犯だ。理市がやってくることを好都合だと、「仕入れ」をしに島を出る。
「簡単だから大丈夫。分からないことがあれば島の人に聞いて。みーんな教えてくれるから。じゃ!」
皓は数日間分の仕込みを済ませ、満面の笑みでフェリーに乗っていった。見送った私たちは目を合わせて苦笑い。
「どうすんすか…」
『ね、まぁどうにかなるか。ごめんね、あんな弟で』
「いえ、、まぁ…楽しみましょう」
港からカフェに戻る坂道を並んで歩く。
「お姉さんはいつまで島にいるんです?」
『9月の頭に戻る予定。戻ったらすぐにまた馬車馬のようにまた働くのよ』
「馬車馬って。お姉さん面白いね」
『虹音』
「こと?」
『名前。虹に音って書いて“こと”』
「虹音……綺麗な名前ですね」
理市は私より数日早く島を離れる。
「見送りしてくださいよ」
『えー私が帰る時は見送ってくれないのに?」
「だって俺のが先に帰るし…それじゃあ迎えに行きます。それならいいでしょう?」
『そんな事言って、生意気』
もちろん本気になんてしないけど、「迎えに行く」なんて言われて悪い気はしない。
夜の営業が始まり、徐々にテーブルが埋まっていった。
「あれ、皓くんいないんだ」
『はい、仕入れに行っちゃてて。作れるお酒が限られちゃうかもしないんですけど、ゆっくりしていってくださいね』
「おっ、かっこええ兄ちゃんいるなぁ。虹音ちゃんの彼氏かー?」
『山さん、違いますよ。皓のお友達で、今夏休みで手伝いにきてるんです』
山さんは地元の漁師さん。私が島に到着した直後、「釣れすぎた」と魚を手渡してきた面白い人。
「虹音ちゃん一緒に飲もうよ」
「虹音ちゃんもうこっちに住んじゃったら?空き家あるからタダで貸してあげるよ」
「虹音ちゃん、虹音ちゃん」
島の人たちはみんな良くしてくれる。
「モテますね」
『そうなの。期間限定のモテ。みんなが家族みたいに迎えてくれてね、島の人たちの気がいいの』
1人また1人と帰っていく。
「閉めましょうか」
クローズのプレートを掛けて片付けをして、2人で外へ。
「すご…」
満天の星空にたくさんの星座が舞っている。
「ここで星座の説明とかできたらかっこいいんでしょうけど」
俺には無理っすね、とスマホを夜空に掲げる横顔は、好きなことに夢中な少年のよう。
レンズがこちらを向いた。
「はい、笑って」
『え?』
「めっちゃ変顔」
理市のスマホを覗きこむ。そこに写っていたのは、言葉通り驚いた顔をした私の顔。
「待ち受けにしてやろ」
消す、消さないの攻防戦の最中、ふと腰に腕が回された。
「危ない」
背後を車が通り過ぎていく。
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