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物語に誘い込むような世界観。
とても綺麗な空を撮る人だと思った。
「ちょっと姉ちゃん、スマホばっかり見てないで荷物受け取りに行ってきてよ。もう港に船着くから」
『うるさいなぁ、分かってるってば』
「タダ飯はさせないからね。うちにいる間はしっかり働いてよ」
東京からフェリーで約3時間。優しく美しい海岸線がどこまでも続く小さな島に、私は遅い夏休みを利用してやってきた。
たまっている有給休暇をくっつけて、約2週間。この美しい島に魅せられ移住した弟・皓の家に転がり込んで、タダで泊めてもらう代わりに店長を任されているカフェを手伝っている。
帽子をかぶり、真っ赤なバギーをゴロゴロ引いて坂道を下る。眼下に見える港には、これから東京に戻るのか、海水浴客や観光客が大きな荷物を持って集まっていた。
フェリーが到着し、この島に暮らす人や宿泊客と思われる数人が下船してきた。注文していた品物を受け取り、戻っていく人々を乗せた船を見送る。
一気に静かになった港に夕陽が差し込み、赤く、赤く、ゆらゆらと水面を焦がす。
『…綺麗』
人波が去った後の、どこか寂しげな港。
ベンチに腰掛け、少しだけゆったりとした時間を過ごすこの瞬間が、旅の醍醐味のような気もする。
海辺のまちを1枚写真に収めて立ち上がる。
『戻ろ』
バギーを引き、歩き出す。
少し進んだところに、大きな荷物を放り出してベンチに横たわる人影があった。
今夜はもう船は出ない。という事は、先ほどの船でやってきた観光客のはず。
『……大丈夫ですか?』
顔を覆っていた腕が少し動き、目が合った。
吸い込まれそうになる、深い奥行きのある瞳。
どこか見覚えのある瞳。
「…船酔いしたみたいで…大丈夫です」
近くの自動販売機で水を買った。
『よかったらどうぞ』
「…すみません。助かります」
『それじゃあ…お大事にしてくださいね』
ゴロゴロと重たいバギーを引っ張り坂道を登っていく。
「おかえり〜」
『…重い』
皓は笑いながら荷物を運んでいく。
島の夜は早い。
「だから夜はBARをやるんだよ」
観光客や地元の人々で店はいつも程よく賑わっている。満天の星を見上げながら飲むお酒は、嫌なことを忘れられる最高の特効薬。
「姉ちゃんも飲む?」
『じゃあ一杯だけ。ジョッキで作ってね』
皓が作ったハイボールを持って外に出て、一息つく。
「すみません。ちょっと道をお尋ねしたいのですが」
弟と同じくらいの年だろうか。白いTシャツとデニムがよく似合っていると思った。
『はい、どうされました?』
「…ここなんですけ…ど…」
スマホに表示された地図を覗きこむと、示されていたのは皓のお店だった。関係者だとだと伝え、案内する。
『観光ですか?』
「観光のような観光じゃないような…」
曖昧な答え。あまり聞いてはいけないと思い、おすすめのお酒なんかを話の種にした。
『ここです。ゆっくりしていってくださいね』
「ありがとうございました……あの!」
『はい』
「あの…ありがとうございました」
彼は手に持っていたペットボトルを軽く振った。見覚えのあるミネラルウォーター。
『…あっ…船酔いの…』
「はい。船酔いの人です。ほんと、ありがとうございました」
困ったような照れ笑いに、どこかくすぐられるような感じがした。
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