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相変わらずヘラヘラした表情のまま、洋介は心の中で「貴子は怒った顔も魅力的だな」と思う。
しかし、それを口に出しても火に油を注ぐだけだろう。そう判断するくらいの理性はあるので、代わりに正直に事情を説明する。
「おいおい、そんなわけないだろ。その赤い靴、一年も二年も昔のものだぜ」
「……えっ?」
貴子は改めて、自分が手にするハイヒールに視線を向けた。
確かに、かなり汚れている。最初は「靴箱の裏に落ちていたから」と思ったが、そうではなくて靴そのものが古かったらしい。
洋介と貴子が付き合い始めたのは八ヶ月ほど前だ。「一年も二年も昔のもの」というのであれば、これは元カノの忘れ物なのだろう。
お互いに過去の恋愛経験を語り合ったりはしていないが、洋介にとって自分が初めての恋人でないことくらい、貴子も察しているし、納得もしている。「女の人を部屋に連れ込んだ」とか「浮気の証拠」とか責めるのは、どうやら早計だったようだ。
「わかった。それならそれでいいわ。変なこと言ってごめんね、ヨウちゃん」
謝罪の言葉を口にして、彼女は掃除に戻るのだった。
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