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 冷たいアスファルトに踵をつけ、つま先で蹴る。冷たい空気を肺一杯に吸い込んで、吐き出す。その繰り返し。少しずつ息が切れてきて、少しずつ身体が暖まって来る。途中で、身体が軽くなる。いくらでも、どこまででも走っていけるような気がする。  頃合いを見て、同じコースを引き返す。走り終えて帰る先は自宅ではない。藍の部屋だ。階段を上り、部屋の鍵を開けて中に入り、持ってきた着替えを手に浴室へ向かう。シャワーを浴び、藍が使っていたシャンプーで髪を洗い、藍のボディタオルで身体を洗った。  最初は見るのが辛かった浴室も、そのうち気にならなくなった。浴槽を使うことはないが、過剰に目を逸らすことはもうない。そこは一度だけ、藍が命を落とした場所だ。しかし同時に、藍が毎日繰り返し生活をしてきた場所でもある。誠二が嫌悪感を感じる必要はないと気付いたのだ。  バスタオルで身体を拭く。昨日使ったタオルもまとめて洗濯機に入れて、洗濯機のスイッチを入れた。藍が使っていた洗剤と漂白剤と柔軟剤を使った。洗濯機が動き出したことを確認して、誠二はキッチンへ向かう。  冷蔵庫から、コンビニで買ってきたおにぎりを取り出す。ソファーに座り、フィルムを剥がしておにぎりを食べる。相変わらず味はしないが、栄養を吸収しているという感覚はあった。それだけで十分だ。ペットボトルのお茶を流し込み、簡素な朝食を終える。  壁際に立てかけておいた段ボールに目をやり、すぐに逸らす。やらなければならないことは分かっているけれど、身体は動かない。ただぼんやりと藍の生活の痕を見つめるだけで、時間は勝手に過ぎていく。
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