3/3

21人が本棚に入れています
本棚に追加
/141ページ
 誠二はここ数日、抜け殻のようになっていた。感情の動きは以前よりも鈍く、頭の中のフィルターは更に厚くなった。  立ち上がり、寝室に移動した。藍のベッドに寝転がり、うつぶせで息を吸った。藍の匂いがする。落ち着く。そのままうとうとと時間を過ごした。  洗濯機の電子音を聞いて身体を起こし、浴室へと向かう。バスタオルは浴室で乾燥する予定だった。藍はベランダを使っていなかったらしく、ベランダには何もなかった。寝室のカーテンラックにピンチハンガーが一つだけ畳まれてぶら下がっていたから、それを使っていたのだろう。ただそこにはまだ藍が干したであろう下着もそのままかかっていたから、それを動かしたくなかった。  部屋を勝手に使っておきながら、誠二は藍の痕跡を出来るだけ侵さないように注意していた。自分の出したごみはレジ袋に入れ、持ち帰って処分していたし、藍が元々何かを置いていた場所には何も置かず、出来る限りものを動かさないようにしていた。消耗品だけは遠慮なく消費していたが、それだけだ。  まだこの部屋に息づく藍の存在感をなくさないように注意を払いながら、その存在感を出来る限り自分の体内に取り込みたかった。今はそれ以外に、何をどうしたいという欲求が湧いてこない。ただ、藍を感じていたい。それだけだった。  浴室のポールに二枚のバスタオルと一枚のフェイスタオルを二つ折りにしてかけ、浴室乾燥のスイッチを押し、寝室に戻った。  中途半端に開いたカーテンの隙間から日差しが差し込み、部屋に舞い上がる埃を照らしているのが目についた。掃除機の場所は分かっているものの、気は進まない。見た目は大して変わらないが、勝手に埃が堆積しているらしい。カーテンをぴっちりとしめて、日差しの侵入を防いだ。これで何も気にならない。誠二は一人で頷き、もう一度ベッドに戻った。そして何かを考えることをやめた。
/141ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加