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ドーナツ
急にドーナツが苦手になり見るのも嫌になった、というのでわざわざ買ってきて確かめてみた。顔をそむけて情けない声で抗議するのを見て、つい面白がってしまった。嫌がっていたのに、やめなかった。それが何度か続いた後、スバルは学校に来なくなってしまった。次にあったら謝ろう。明日は来るだろうか、来週は会えるだろうか、と思っている間に転校してしまった。取り返しのつかないことをしたと思った。
まさか、こんなに生き生きと今の学校生活のことを語ってくれるなんて。
ペットボトルの水がはねた。
「ほかにも、太陽の光が苦手なやつとか、いつも包帯巻いてるやつとか」
「え……病気? けが?」
「そういうわけじゃないんだけど。あとは……そうだ、ほうきの使い方がぜんぜん違うやつもいてさ」
ほうき?
「乗り物なんだってさ。ほら、遅刻しそうになったときに窓からすごい勢いで飛び込んできたんだよ」
それは、まるで。
「……最初はびっくりしたけど、僕だけが変なわけじゃないんだなって、なんか安心するんだ」
雲が流れ、月が姿を現した。今日は満月だ。
スバルが立ち上がった。街灯の明かりが背中で覆い隠される。
「そろそろ行かなきゃ。遅刻しちゃう」
スバルの姿は、自販機の前で会ったときよりも大きくみえた。それに、何かが生えているようにみえる。まるで、動物の耳のような。フサフサの尻尾のような。
「今日、チアキくんに会えて良かった」
口元にきらめいたのは犬歯の輝きだろうか。見極めようとしたけれど、その時ひときわ強い風が吹き、思わずギュッと目をつぶった。
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