魔法少女の大打算

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魔法少女の大打算

 見渡す限りの荒野に暗雲が垂れこめる。稲光が轟く下には、険しい岩山を極力手を加えずに建立された、魔王の棲家がある。  その居城を見据えるように、1人の少女が佇む。艷やかな白桃色の髪をサイドテールに結び、目尻には赤いハートの文様。白と赤を基調としたデザインの『戦闘服』は細やかな意匠で、星やハートやらの『カワイイ』が盛り込まれている。  もちろん、スカートも丈は短いが鉄壁仕様。不自然なまでの防御力を誇ると、もっぱら評判である。 「やっと着いたんだね、ここに……」  秘野燐(ヒメノリン)はそっとつぶやいた。彼女の過酷な旅も、いよいよ終わりを迎えようとしていた。  その独り言に答えるのは、初期から連れ添う相棒のオイルマンだ。青い体毛の生える獣の身体。一言で表せば、空飛ぶ猫である。 「ヒメちゃん、油断しないで。君が負けちゃったら、人間世界はお終いなんだよ!」 「分かってる。必ず勝って、この戦いを終わらせてみせる」 「僕も出来る限りサポートするよ。じゃあ行こう!」 「うん」  魔王城目掛けて走る2人。そこへ迎撃として、獣魔生物が行く手を阻んだ。荒野の鉱石に魔力を注ぎ込んで生み出されたもので、役目が終われば地に還るという、比較的エコな敵である。 「一気に突破するよ。掴まってね、オイルマン!」 「う、うん。分かったよ!」  オイルマンは、ヒメノの体にしがみついた。丁度ふくらはぎの位置である。 「アナタ達に構うつもりは無いよ! アクセル・ギア!」  ヒメノの魔法が発動。スカートから足先まで七色の閃光を宿すと、凄まじい脚力を発揮した。音速に迫る程の速度だ。その場しのぎの獣魔達を全て置き去りにして、交戦する事もなく突破した。  次に彼女の行く手を阻むのは、荘厳なる門と、付近を防衛する幹部だ。彼は氷の化身であり、四天王の1人に数えられる程の実力者だ。 「クケーーッケッケ! よくぞここまで来たな、魔法少女ヒメノ! この氷河騎将のヒエールが相手では、お前の快進撃もここまで――」 「前口上なんて要らない! 食らえ、スターライト・クルセイド!」 「こ、この力は! ギャアアーー!?」  ヒメノは四天王が1人、ヒエールを瞬殺した。同時に門の鉄扉にも大穴を空けた事で、突入もスムーズである。  そうして城内に歩を進めるが、敵の反抗も激烈だ。コウモリの飛行部隊に、泥歩兵が進路を埋め尽くす。 「カーーッカッカ! 罠とも知らずに、おめおめやって来るとは。いつもの如く向こう見ずだな。この四天王が長、懐古将軍と呼ばれし――」 「スターライト・クルセイド!」 「ま、まさかこの力は! ギャアアーー!?」 「クッ! 3人居た四天王も、アタシで最後って事かい。だがナメんじゃないよ。石灰将軍と呼ばれし――」 「スターライト・クルセイド!」 「こっ、これほどの力だなんて! ギャアアーー!!」 「よし。四天王撃破!」  ヒメノは歩を緩めない。さながら無人の野を駆けるかの如く、ひたすらに突き進んだ。そうして彼女は辿り着く。魔王の居室、いわば決戦場である。  付近はこれまでと打って代わり、静寂に包まれていた。魔王の圧迫感がそうさせるのか。ヒメノはもとより、オイルマンも唾を飲み込んでは、敵の威風に寒気を覚えた。 「ヒメちゃん。だいぶ飛ばしてるけど、平気?」 「うん。まだまだやれる」 「辛い時は、みんなの事を思い出して。きっと力を与えてくれると思う」 「それじゃあ、行くね」  禍々しき大扉を開いた先に、魔王は待ち構えていた。紫の炎が照らす謁見の間にて、玉座に腰を据える美丈夫。彼は別段焦るでもなく、むしろ余裕の微笑みをもって迎え入れた。  彼こそが正真正銘の黒幕、魔王ゲストレードである。 「よくぞここまで辿り着いた、ヒメノ。その強さは称賛に値しよう」 「ゲストレード! アナタの野望もこれまでよ、覚悟しなさい!」 「待ちたまえ。私は、君という逸材を大きく評価している」 「何ですって? それはどういう――」 「ダメだヒメちゃん! 魔王の言葉に耳を貸さないで!」  オイルマンは体を使ってまでヒメノの視界を遮ろうとした。しかしヒメノ本人が、その体を押しのけてしまう。  一応は、話を聞く姿勢になったのだ。 「評価してるって何? これまで散々、敵対してきたのに?」 「私は君を評価するとともに、己の不明を恥じた。やはり大業を成すのであれば、コスパなど考えるべきでは無かったと」 「長くなりそうね。私としては、手早く決着を付けてしまいたいけど」  ヒメノは虚空から魔法のステッキを呼び出した。先端に流星だのハートだのとあり、酷くゴチャゴチャした創りだが、威力は折り紙付き。全力で魔法を放ったならば、島国の1つくらいは容易く消し飛んでしまう。  すかさず詠唱を開始。するとステッキの先端に星屑が集まりだす。フルパワー、遠慮なしの力が、今ここに集約されようとしていた。 「ヒメノリンよ。我が片腕となれ」  想定しなかった言葉に、思わず詠唱が止まった。しかし、大して響いた訳では無い。ヒメノは呆れ顔で受け止めた。 「ここで懐柔するの? 命乞いの間違いでしょ?」 「私と正式に契約を結んだなら、初任給を800万だす」 「えっ、800……?」  ヒメノは自然と構えを解いた。そして難敵を前にするにも関わらず、指先をアゴに添えて熟考を始めてしまう。  すると、オイルマンが辺りを忙しなく飛び回っては、その軽率さを咎めた。 「ヒメちゃん、惑わされちゃダメ! 早くゲストレードを倒そうよ!」 「ちょっ、うるさい。静かにして」 「君は正義の味方なんだ、魔法少女なんだよ! 金につられて手下になるだなんて、いい笑い者じゃないか!」 「ホントうるさい。こちとら、もう23歳なの。魔法少女なんてやってるうちに、大事な新卒カード捨てちゃってんの。この先どうやって生きていけば良いの?」 「それは、何と言うか……申し訳ないけど」 「私は犠牲になりました、でも世界は平和になりました。それがベストエンディングだって言うつもり?」 「だったら、ええと……この先も魔法少女を続けなよ! 僕も出来るだけサポートするし、お金だってどうにか――」  オイルマンは必死に言葉を繋げるが、強制的に口を塞がれた。ヒメノがその顔を掌で掴んだ為だ 「アタシはもう23歳なんだよ! いつまでガキみたいな格好しろっての? もうウンザリ、飽き飽きなんだよ!」 「そこも、何と言うか、申し訳ないけど」 「つうかさ、そもそもさ、お前は何が出来んだよ? いつも戦闘中はアタシの後ろに隠れてばっか。普段は普段で風呂を覗いたりするクズっぷり。やった事と言えば、アタシを魔法少女に覚醒させたくらいじゃねぇかよ!」 「イタタタ。ごめん、ごめんって」 「つうかアタシ知ってんだぞ! 足元に隠れてる間にこっそりパンツ覗いてんの!」 「あわわわ。ふ、不可抗力だよ。それに、スカートが眩しいから、覗いたって見えない事は体験済み……」 「やっぱ覗いてやがったかクソ野郎! いっそバラして三味線にしてやろうかコラァ!」 「あばばば! ごめんて、許してぇ〜〜」  オイルマン、散々に振り回された挙げ句、投げ捨てられてしまう。絵面からして少し可愛そうだが、自業自得でもある。  それからヒメノは、一歩ずつ魔王の方へと歩み寄る。何かに吸い寄せられるかのように。このままでは、軍門に降る事は火を見るよりも明らかだった。 「待って、ヒメちゃん……」 「ヒメちゃんとか言うな。汚らわしい淫獣が」 「ダメだよ、ゲストレードの手下になるだなんて! ここまでの旅を、皆の事を思い出してよ!!」  その言葉にヒメノの足が止まる。2人の間には、長く苦しい旅の記憶が蘇った。 ――君ねぇ、魔法で敵を倒してくれるのは良いけど、やりすぎだよ。新築のお店が壊れちゃったじゃん。後できっちり請求するからね。 ――デュフ、デュフフフ。ヒメちゃん、握手お願いしまぁす。 ――ねぇヒメノちゃん。この新作ジュースなんだけど、ビックリするくらいクソ不味いの。だからあげるね。 ――デュフフフ。目線くださぁい。見下ろす感じでオナシャスぅ。 ――この前さ、初ボーナスもらっちゃったの。だから、両親さそって温泉に行ってきたんだぁ。凄い喜んでくれたし、私も親孝行できて嬉しかったよ。ヒメノちゃんもやってみたら?  それら一つ一つのエピソードが、ヒメノの心を激しく抉(えぐ)る。 「アァァアアア! ウワァァア嗚呼アアーーッ!!」 「ヒメちゃん! その声は魔法少女が出しちゃいけないヤツ!」 「もうやめ、ナシナシ。アタシは魔法少女なんか止めるから。そんでハイスペ女子になってやる」 「うぅ……。その気持ちに変わりはないのかい? ゲストレードを倒しさえすれば、世界は平和になるのに」 「くどい。始末するぞ」 「分かったよ……。じゃあ僕は、君に高スペイケメンを紹介する! だから考え直してよ!」  背を向けたままだったヒメノが、ここで振り返る。強い興味をそそられた事を隠しもしない。 「イケメンって、何系?」 「何系って……?」 「色々あるじゃん。爽やかとか、顔が濃ゆいとか」 「えっと、こないだ月9に出てた、あの俳優あたりかな」 「うーーん、うーーん。年収は?」 「800万あたりで、どうかな?」 「それ手取り? 支給額?」 「ええと、違いがよく分かんないけど。手取りで」 「うーーん。でも紹介されてもなぁ。ちゃんとゴールイン出来るとも限らないし。だったら自分で同額稼いだ方が、確実のような……」  揺れる少女の心。どちらの案を取るべきか、悩みに悩む。  しかしその間隙を、魔王は決して見逃さない。悪党とは得てして、機を見るに敏なものだ。 「ヒメノよ。我が魔王軍に加担するのなら、制服も支給しよう。もちろん無償だ!」  魔王の指先が煌めくと、一着の衣装が現れた。それは真紅と黒をベースにしたローブであり、一見して色彩が重たい。  だがヒメノは凝視した。それが良い、とでも言わんばかりだ。妖艶でありながらも落ち着いたデザインに、生地も艷やかで上質。高級感にあふれている。これまでの旅路で、全く無縁な装いであった。少なくとも、パッションピンクのカラーリングとは真逆である。 「あぁ、何それ。格好いい……。マジクール……」 「もう堪える必要はないのだ。お前は、お前の望む姿になれば良い」 「アタシが、望む姿……」 「ちなみにだが、昇給チャンスは年2回の契約更新時に設ける。完全週休二日制を確約。有給休暇制度有りで、未消化分は全て買い取り。諸経費は別途支給。ついでにバースデイ休暇もつけてやろう」 「あっ、手厚い。有給が丸っと消滅させられるバイトよりも、ずっと手厚い……」  ヒメノはすでに魔王の術中だ。もはや彼女自身で立ち直る事は不可能である。実際、足取りも噛みしめるように、一歩ずつ前進している。そこには『魔法少女』としての矜持は残されていない。  この窮地を救うべく立ち上がるのは、相棒である。オイルマンは、気だるさの残る体を叱咤しては、立ち上がった。 「目を覚ましてよヒメちゃん! 魔王の配下になったら、もう元の暮らしには戻れないよ!」 「別に良い。800万もらえるなら、いっそ奴隷の身分でも釣りが来る……」 「君はまだ気づかないのかい!? 魔王軍に入っても働き続ける事に変わりはない! でも高スペイケメンと結婚したら、働かなくて済むんだよ!」 「あっ……確かに」 「考え直してくれた?」 「いや、でもなぁ。そこで結婚できなかったら、またクソみたいな毎日に逆戻りだし……」 「じゃあ分かった! 1人だけだけど、選んだ男を永久的に魅了する魔法をかけてあげる。そしたら、悩む必要もないよね?」 「滅びろ悪党! スターライト・クルセイド!!」 「こ、この力は、ギャアアーー!!!」  魔王ゲストレード死す。そして、ヒメノはオイルマンとともに、陥落した城を後にした。  荒野を行く帰路の間は、延々と『今後』についての打ち合わせである。 「そんじゃオイルマン。まずはリストアップからお願いね。全世界の億万長者を資産順でソートしといて」 「う、うん。分かったよ」 「若い独身のイケメンが良いけどなぁ。でもこの際、老いぼれでもいっか。世界を牛耳ったら、べつに魔法なんかに頼らなくても男を漁り放題だもんね」 「あぁ、うん。そうかもね」 「つうことで、よろしく。約束破ったら、列島ごと地球から消しちゃうからね」 「大丈夫大丈夫! 僕に、まっかせてぇ……」  オイルマンは、ふと思う。自分はとんでもない怪物(モンスター)を生み出してしまったのではないかと。しかし悔やんでも遅い。ヒメノに対抗しうる魔王は、既に灰燼と帰した。もはや原型すら留めていないのだ。  故に、彼は言いなりになるしか無かった。そしてヒメノと約束を果たすと、別れも告げずに姿を消した。 ――1年後。  見渡す限りの荒野に怨嗟の声が鳴り響く。彼らは皆、支配者に直談判を試みた者達である。だが、厳重な警備に阻まれた挙げ句、全てが門前払いとなった。  その悲惨な光景を、少女は苦々しく眺めた。 「何てこと……。噂に聞くよりも、酷い……」  悲痛な顔に沈む少女を、一頭の猫が慰めた。足元から跳ねたかと思えば、浮遊して漂いながら。 「ダメだよユーリ。君は負けちゃいけない。心を乱さないようにしないと」 「ありがとうオイルマン。そうだよね。故郷に残した皆のためにも、私が頑張らないと!」  ユーリは愛くるしくも短いスカートを翻しつつ、荒野を駆けた。厳重な警備は魔法で粉砕。爆炎魔法であらゆるものを塵に変えつつ、快進撃を続けた。  そうして彼女は辿り着く。最後の決戦場に。 「魔王ヒメノ! 痛い目をみたくなかったら、要求を飲みなさい!」  玉座で待ち構えるのは、シックなロングドレスに身を包む秘野燐。皮肉にも、かつてのゲストレードを彷彿とさせる出迎え方である。 「フフッ。何を言いに来たかと思えば。下等民の分際で大胆不敵なヤツ」 「あなたの会社は、毎年のように内部留保を記録更新している。にも関わらず、まったく賃上げしようとしない! そんな非道を許す訳にはいかないわ!」 「上げているさ、人聞きの悪い。もっとも、成績上位者の1%だけだがなぁ……クックック」 「皆の時給を上げてよ! 別に贅沢したいわけじゃない。ただ当たり前のように食べて、屋根の下で眠りたいだけなの!」 「そんなの甘い。甘すぎるんだよメスガキが。社会を勉強してから出直して来い」 「問答無用って事ね。だったら容赦しないわ! 食らえ、爆殺火炎弾!」 「やらいでか! スターライト・クルセイドッ!」  真っ向からぶつかり合う力と力。魔法少女同士の戦闘は激烈を極めた。山は砕け、海は沸騰するほどで、他の介在を許さない。  唯一オイルマンだけが、戦の趨勢を知り得た。しかし彼にとって、ヒメノとユーリのどちらも、深く知る間柄である。その両者が血飛沫を撒き散らしながら争う姿は、見るに堪えないものがあった。だから彼は直視できない。  代わりに、激戦で翻るスカートの中だけを視ていた。 ー魔法少女の大打算 完ー
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