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 そよそよと頭上で若葉が揺れる。五月の風が優しく吹く、初夏のある朝のこと。  私――若菜は一人、バスを待っていた。  雑木林の中を通る小道の途中にある、小さなバス停。看板に書かれていたであろう時刻表は既に消えて見えず、かろうじてバス停の名前だけが読めるような、寂れたところ。  ぴよぴよ、と小鳥の声。  昨日はこんな鳴き声聞こえなかったなあ。  なんて名前の鳥だろう。  そんな、自然の中にヒッソリ佇むバス停を、私は毎日使っている。そこから最寄りの駅へと向かって、学校へと行くのだ。もっとも、ここを使ってバスに乗る人なんて、私しかいないのだけれど。  七時三十六分発の、あのバスに乗るんだと、ちゃんと決めている。だから、私は今日も間に合うようにバス停へと歩いてきたのだ。 「あと、二分」  バスは色んな人が乗り降りするから、時間通りに来ないことがあるんだって。  クラスの誰かが言ってたなぁ。だけど、私の乗るバスは遅れることなんてほとんどない。このバス停から乗るのが私一人だけなように、路線自体を使う人も少ないようだった。  遠くから聞こえる走行音。それは確かに、静かなバス停へと届いた。  私はリュックを背負い直して、定期券を出す。乗る準備は万端だ。  刻々と近づいてくるバスの音。そして、道の向こうに見慣れた車体が見えたと思ったら、あっという間に私の目の前で止まった。 「はーい、おはようございまーす」  私がステップに足をかけると、静かな車内に運転手さんの挨拶が響いた。 「おはようございます」  私も挨拶を返す。運転手さんは、無愛想な笑顔。この、静かな空間が好き。小さなバス停から、小さなバスに乗って、大きな駅へと出ていくまでの道のりが。  ささやかな毎日の繰り返しだけど、そこには必ず昨日と違う風景があり、私がいる。  今日もまた、一日が始まる。
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