あの日見た兄の顔

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 当時の私には、保護と発見の違いなどわかってはいなかった。  とは対象の居場所が特定され、安全な状態が確保できる状態。それに対し、とは対象の居場所は特定できているものの安否の確認ができていない状態。つまり、生存していない場合がそのほとんどを占める。  幼い妹に対し、兄は慎重に言葉を選んでいた。  けれど、私は聞き分けのない子どもだった。兄はきっと、うんざりしていたんだ。 「いいか、小春。おにいちゃんを恨むなよ」  今にも泣き出しそうだった私は、思いもしない言葉にぱちりと目を見開いた。 「どうしてコハルがおにいちゃんのことをうらまなきゃいけないの?」 「本当のことを言うからだ」 「ほんとうのこと……?」  私は兄のことが大好きだった。兄は私のことを必要以上に子ども扱いせず、大人たちの内緒話をよく教えてくれたから。  兄は私にたくさんのワクワクをくれた。探偵ごっこと称して、深夜こっそりと出かける母の後をつけたこと。父の手帳の暗号を解いたこと。誰にも見つからない、秘密基地にできそうな場所を探して山を探検したこと。  けれど、目の前の兄はいつもとは違った。腰を折り曲げたのは小さな私に視線を合わせるためではなく、覆い被さるためのように思えた。  兄は人差し指をくちびるの前に立て、絶対に誰にも言うなと念を押した。  ただならぬ威圧感に息を飲み、私は何もわからないまま頷いた。  急に飛び立ったカラスが、鳴き声と羽音を不気味に響かせる。空は燃えているかのように赤かった。 「発見されたのは死体だ。琴石のおばあちゃんは殺されたんだよ」  頬を伝う涙、紅潮した頬、三日月形に歪んだ暗い目。低く冷静な声色とは裏腹に、兄は確かに笑っていた。
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