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ガサ入れ
11月28日は真昼の29歳の誕生日だ。ここしばらく勤務が忙しく二人の夜の営みはご無沙汰で、加えて薔薇の花束の件もあり真昼はすっかり臍を曲げてしまった。
「口もきいてくれない」
夫婦の危機を感じた隼人はショッピングモールを訪れていた。
「確か、この店だったと思うが」
先日、家族でこのショッピングモールに訪れた際、真昼がその商品を何度も手に取りプライスタグを見て陳列棚に戻している姿を見た。
(真昼さんはあれが欲しいに違いない)
そこはタオル生地に似た素材を縫製した部屋着を扱う店で ジェラートピケ とフロア案内図には書かれていた。出入り口にも近く、警邏の昼休憩に立ち寄るにはなんら問題はなかった。
ないと思っていた。
(ーーーー無理だ)
店員は髪の毛を二つに結えたツインテールとやらで幼い面持ち、太ももを丸出しにし長い靴下を履いている。
(ーーーー歓楽街のその系の店のようだ)
しかも真昼が手に取り陳列棚に戻していた商品は店舗の一番奥にあった。
(あんな奥まで行けというのかーーーー!)
隼人はそれこそ不審者のようにその店舗の周囲を彷徨った。そして横目で見たプライスタグに仰天した。
(あんなペラペラした物がきゅ、9.000円(消費税抜き)だと!?)
もう何往復しただろうか、昼休憩が終わる時刻が迫って来た。隼人は意を決して黒い革靴で入店した。
「いらっしゃーーーー」
店員は動きを止め、隼人を凝視した。スーツの内ポケットに手を入れた隼人は間違えて警察手帳を取り出した。
「え、えっと」
「あ、すまん」
思わず後退りする店員たちを尻目に隼人は陳列棚のティディベアプリントのワンピースとウサギの尻尾が付いたフードのセットアップ、ついでにニーハイソックスを畳んで清算レジの台に置いた。
「これをくれ」
「は、はーーい」
「ラッピングも頼む」
「リボンは何色になさいますかーー」
「ピンクで」
万札を三枚手渡した隼人は白いショップバックを肩に掛けて捜査車両に乗り込んだ。スーツの脇には汗が滲んでいた。
「竹村さん、遅かったですね」
「すまん」
「あ、なに買って来たんですか」
「ガサ入れだ」
「家族サービスも大変ですね」
「ガサ入れだ」
これで夫婦仲が上手く行けば安い物だ。隼人の決死のガサ入れは成功した。
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