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戌の日参り
沈丁花の垣根が匂い立つ五月の戌の日、真昼、隼人、竹村は安産祈願で水天宮の鳥居をくぐった。
真昼は妊娠六ヶ月を迎え、隼人が気にしていた性別も判明した。
「女かぁ、真昼に似てじゃじゃ馬になるんじゃねぇか」
「馬!失礼ね!」
「お義父さん、今日は戌の日参りですよ」
「そんなん分かっとるわ!」
真昼が<鈴の緒>を威勢よくガラガラと鳴らしていると、<鈴の緒>をカラカラと揺らす隣の参拝者に失笑されてしまった。真昼は相変わらずガサツで竹村の言う事はあながち外れではない。
「まっ、真昼さん、そんなに激しく振ったら壊れます!」
「そうかな」
「そうです」
すると隣で竹村がガラガラと鈴を鳴らし始めた。
「お義父さん!壊れます!」
「これくらい鳴らさんと神さんも気ぃつかんだろう」
平常運転の竹村誠と真昼、神経が細やかな隼人は日々頭を悩ませた。
「それにしても予定日ってぇのか、9月なんだろ」
「はい」
「どうせなら秋らしい名前にしたらどうだ」
「どのような名前でしょうか」
「秋子とか、秋子、とか秋子とか」
「秋子の他にないの!」
「思い浮かばねぇ」
竹村は撫でると安産のご利益があると説明があった銅製の<子宝いぬ>の像を撫で回しその鼻の穴に指を突っ込んでいる。拝殿に座る神主の眉間に皺が寄った。隼人は慌ててその指を引き抜くと何度も頭を下げた。
「良いの!私の名前を付けたいの!」
「にしちゃぁ、真夏ってぇのがなぁ」
「地球温暖化!」
「ここはハワイじゃねぇ!」
「地球温暖化で暑いでしょ!」
「まぁ、まぁ、竹村さんも、真昼さんも落ち着いて下さい」
その後、つつがなく安産祈願の祈祷も終え、岩田帯を手に三人は車へと戻った。真昼が後部座席に乗り込もうとしたその時だった。
「あっ!動いた!」
「なんだぁ、動いたぁだぁ?」
「グニュって、グニュって動いた!」
「そりゃおまえ、屁じゃねぇのか、屁」
「真夏に失礼でしょ!」
(ーーーーーーーそうか、真夏が動いたのか)
ギャンギャンと騒がしい二人の隣で、隼人は一人感動を噛み締めた。
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