9月11日

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9月11日

 出産予定日は9月11日、この日に真夏と対面する筈だった。ところが真昼が臨月に入っても気忙しく動いてた為か9日の深夜に陣痛らしきものが始まった。 8944e901-02b3-4235-b7ba-a1cd1ac0f4f6    隼人と竹村は慌てた。有給休暇は11日付で申請していた。 「く、久我、おまえ、腹痛になれ!」 「腹痛を起こしているのは真昼さんです!」 「そんなん分かっとる!」 「う、うるさい」 「お義父さんこそ、お得意の仮病休暇を取られたらいかがですか!」 「このまえ署長にこっぴどく叱られたわ!」 「定年間際になにやっているんですか!小学生ですか!」 「う、うるさい」 「とにかく、車を用意しろ!」 「でっでも、陣痛間隔が短くなってから来院して下さいと言っていました!」 「間隔ってどれくらいだ!」 「分かりません!」 「う、うるさい」 「とりあえず、署に連絡する!」 「なにをですか!」 「とにかくおまえと俺は明日、病欠だ!」 「警視正が仮病なんて示しがつきません!」 「う、うるさい、イタタタたた」 「真昼さん!死なないで下さい!」 「真昼、痛いのか!何処が痛いんだ!」 「お義父さん、に決まっているでしょう!」 「あっ、そこ、父親にあそことか言うな!」 「すみません!」 「ウールーサーイー、ダーマーレー」 「真昼さん!喋り方がおかしいですよ!」 「痛いのか!おい!痛いのか!」  ソファに突っ伏していた真昼はズルズルと床に降りると時計を手にダンゴムシのように丸まった。 「なにか欲しいものはありますか!」 「隼人、とりあえずーーー黙って」 「はっはい!」 「真昼、痛いのか!」 「産むときは鼻からスイカが出るみたいよ」 「すっ」  竹村は言葉を失った。妻の沙代子が真昼を出産した時は警察官として現場を飛び回っており「鼻からスイカを産んだ」とは寝耳に水だった。 「沙代子ーーーーー!すまんーーーーーーー!」 「ーーーなんで今、お母さんなのよ、イタタタ!」  大騒ぎする男性二人を尻目に陣痛の間隔が短くなっている事を確認し、真昼はマタニティクリニックに電話をした。「すぐにいらして下さい」ビニールシートを準備し入院セットのバッグを手に玄関先に仁王立ちをした。 「隼人」 「はい!」 「車」 「はい!」 「お父さん」 「おう!」 「荷物」 「任せとけ!」 「ーーーー任せたわ」  真昼はビニールシートを車の後部座席に敷き、そこに横になった。うんうん唸る娘の姿に竹村の指先は震え、助手席シートベルトのタングプレートを上手くはめる事が出来なかった。 「あぁ、もう!」 「なんだ、父親にそんな口の聞き方は!」 「すみません!」 「もうーーーどうでもーーいい、イタタタ」  深夜のマタニティクリニックは静かだったがエレベーターで三階に上ると状況は一変した。陣痛待機室の先客が、野生の雄叫びを上げていた。 「ま、真昼もああなるのか」 「ーーーースイカですから」  ところが待機室が満床という事で手術室隣の和室へと通された。敷布団にぐったりと横になり、時折ダンゴムシになって苦悶の表情を浮かべる。廊下からは悲鳴にも近い雄叫び。隼人と竹村はそれだけで気を失いそうになっていた。 「こ、これが続くのか」 「11日にはスイカが産まれますから」 「そうか、スイカが」 「すーいーかーじゃーなーいー、イタタタたた」 「そっそうです!真夏です!」 「真夏か!」 「竹村さん、破水しましたよ!」 「は、は、イタタタタタタタ」  時折、助産婦が真昼の子宮口の広がり具合を確認する為に布団を捲った。 「お、俺、俺は何処に居ればいいんだ」 「私も、どうすれば」  海千山千の犯罪者に対峙して来た警察官は真昼よりも青白い顔で途方に暮れていた。また、廊下で雄叫びが上がり気が遠くなる。 「竹村さん、ここで産みますか!」 「は、はい」  助産婦が機敏な動きでナースコールを押し、しばらくすると医師と看護師二人が襖を開けて傾れ込んで来た。 「お父さん、すみません退いて下さい!」  隼人と竹村は和室の隅に追いやられた。 「あ、あ、あ、あーーーーーーーー!」 「はい、まだよ、まだ頑張って!」 「久我、真昼は何を頑張っとるんだ」 「わ、分かりません」 「あ、あ、あーーーーーーーーーー!」 「竹村さん、まだよ、もう少し、我慢して、まだよ」 「おまえ、たまひよくらぶ読んでいたろう!」 「そういうお義父さんだって!」 「ああああーーーーーーー!」 「はい、いいわよ、いきんで!頑張って!」 「いたーーーーーーーーー!」 「痛いね、痛いね、はい、頑張って!」 「いたーーー!もうやだーーー!いたーーー!」  部屋の隅で握り拳を作る隼人、竹村はいきんで「ぶっ!」とオナラをした。 「お義父さん、臭いですよ!」 「キムチ食ったからな!」  その時、看護師が「お父さん、手を握ってあげて下さい!」と隼人の手を掴んだ。真昼のその力は強く、隼人は顔を顰めた。 「お、お義父さんも!」 「お、おう!」  真昼はやや万歳をした格好で、右手を隼人が握り、左手を竹村が握ってその瞬間を迎えた。 オギャーーーーーーーーーー!  医師が取り上げた小さな命は一呼吸置いてから力いっぱいの声で泣いた。 「す、スイカが産まれた」 「スイカじゃないですよ」 「そう、だな」  産まれたばかりの真夏は真昼の上に一度置かれて処置室へと運ばれて行った。「それでは後産がありますので、お父さん方は廊下でお待ち下さい」と二人はようやく、雄叫びが響く廊下へと開放された。 「う、産まれたな」 「はい」 「産まれたなぁーーーーーー!」 「はい」 「産まれたなぁーーーーーー!」 「はい」  廊下にヘナヘナと座り込んだ竹村は男泣きし、隼人は細い目を更に細くして涙を流した。 オギャアオギャア オギャアオギャア  竹村真夏 9月10日生まれ オナガの巣に家族が増えた。
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