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夜泣き
真夏は母乳で育てられる事になった。豊かだった真昼の胸はより乳房らしい形になった。それは地球の重力に負け、痛々しい程に膨らんでいた。
オギャアオギャアオギャア
真夏は竹村が予想した通りに賑やかだった。特に夜泣きが酷く、竹村の二階の寝床にまで響いた。
「どれ、俺に貸してみろ」
オギャアオギャアオギャア
「チッ」
竹村が抱き上げるとしばらくの間は落ち着くが、またぐずぐずと泣き出す。真夏はラグビーボールのように隼人の腕へと手渡された。
「じゃあ、私が」
隼人が抱き上げると、今度は火がついたように泣き叫んだ。
「ふふん、俺の方が上だな」
「そんな事はありません!」
「はっはっはっつ」
「ーーーーくっ」
「もう、良いから返して」
真昼が乳房を咥えさせると平穏が訪れる。ところが十分も経たないうちにまたぐずぐずと愚図り始めた。これにはもうお手上げで三人の目の下にはクマが出来た。
「ーーーーあっ、そうだ!」
真夏を抱き抱え左右に振ってあやすと喜ぶ事を思い出し、三人はソファに横一列に並んで腰かけると真夏を「ほい」「おりゃ」「はい」と手渡し始めた。
「ちょっと、お父さん、ゆっくりで良いのよ!」
「何事もスピードが大事だ」
「お義父さん、真夏はボールではありません」
ところが、それまで微笑んでいた真夏が隼人の顔を見た途端、眉間に皺を寄せた。隼人は慌てて竹村に返したが時既に遅し、ギャンギャンと泣き出した。
「久我、てめぇのその顔、何とかしろや」
「どうしようもありません!」
「あ、そうだ!」
真昼は菓子箱を広げるとハサミとセロハンテープ、油性マジック、輪ゴムを準備した。
「おい、なにしてるんだ」
「真夏、このキャラクターが好きなの」
それは耳の長いうさぎ、何処を見ているのか分からない黒い目、大きく描かれたバッテン。
「ミッフィーちゃん」
「うさぎか」
「真昼さん、それがなにか?」
真昼は無言でミッフィーのお面を隼人に被せると満足げにソファに腰掛けた。
「こんなもんで役に立つのか」
「やってみないと分からないでしょ」
「み、ミッフィー」
ソファには、左から真昼、竹村、ミッフィーが腰掛け、真夏を揺らしながら「ほい」「おりゃ」「はい」と声を掛け続けた。
「な、泣かない」
真夏はやや不細工な出来のミッフィーを見上げたが泣く事も愚図る事もなかった。
「な、泣かない」
「てめぇの面はお気に召さないようだな」
「な、泣かない」
「あーーー静かになって良かった」
「な、泣かない」
自身の存在が粉々に打ち砕かれ、泣きたかったのは隼人だった。
「ほい」「おりゃ」「はい」
なんとも罪作りな真夏だった。
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