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お節料理
結婚一周年を控えた今年の正月、真昼は人生初のお節料理に挑戦していた。卵料理には定評があり、伊達巻は上手く出来た。次はアイツだ。鍋の中で膨らんだアイツは手強いと伯母に念を押された。
「ぜっがぐがっでぎだのに」
竹村に真夏を預け隼人と三十日の買い出しに出掛けた。一番高いソイツを手にして意気揚々と帰宅。一晩水に浸けて鍋で煮たそれは見るも無惨な姿をしていた。
「どうしました」
哺乳瓶を手にした隼人が目にしたものは、鍋を見下ろす真昼の気落ちした姿だった。
「どうしたんですか」
「見て」
「はい」
「見て」
「これがなにか」
そこにはシワシワに萎びたような黒豆が煮立っていた。隼人が一つ摘んで口に入れるとそれはほんのりと優しい味がした。
「美味しいですよ」
「だってしわしわだもの、黒豆ってもっとふっくら艶々だもの!」
「美味しいですよ」
真昼もそれを摘んで口に入れたが舌触りが残念な仕上がりだった。
「ごめんね、お義母さんみたいに上手に作れなくて」
「あぁ、独身の頃は警察署に詰めていましたからお節は食べませんでした」
「そうなの」
「はい」
「うう、不憫な子」
「はい」
正月三ヶ日は、義姉である金沢市議会議員 久我今日子の後援会会長らがドッと押し寄せ、正月を祝うどころの騒ぎではなかった。そこで隼人は自ら名乗り出て三ヶ日を警察署で過ごしていたのだと言った。
「こんなに落ち着いたお正月は久し振りです」
「そうなの」
「はい」
隼人はもう一粒、黒豆を指で摘むと真昼の口元に付けた。
「シワシワになるまで一緒にいましょう」
「うううう」
「美味しいですよ」
「ゔゔゔゔ」
「泣かないでください」
するとその背後で咳払いがした。
「隼人!真夏の乳はまだか!」
「あ、はい」
「ちんたらすんじゃねぇ!」
「はい!」
黒豆のように甘い雰囲気が台無しのキッチンで真昼は地団駄を踏んだ。
「このクソ親父!」
除夜の鐘が鳴るまであと少し。
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