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置き土産
金沢中警察署、捜査一課の歓送迎会が香林坊の吾亦紅という一日一組限定という小料理屋で行われていた。その主賓席には竹村が胡座を掻き、ビールジョッキを片手にご機嫌だった。
「ま、ま、警視正も一口」
「じゃあ頂こうかな」
本来、隼人は酒席には参加しないが義父の定年退職送別会となれば話は別だ。末席でお猪口を片手にほろ酔いでいると竹村の席の辺りが賑やかしくなった。
(また昔話で盛り上がっているのだろう)
そう思い眺めていると、竹村の携帯電話が警察官の手から手へと渡されている。そしてその画面を見た者が隼人の方をチラチラと見ては目を逸した。
(ーーーーなんなんだ)
「警視正、お世話になりました」
「はい、君は東警察署に異動だったな」
「はい」
「頑張れよ」
「はい!」
お猪口に日本酒を注いだ赤ら顔の警察官がふと漏らした。
「意外でした」
「どうした」
「警視正でも笑うんですね」
「それは笑うだろう」
「いえ、初めて見ました」
(見ました?)
次に瓶ビールを片手に、新人警察官が中腰で隼人の前で立膝を突いた。
「こ、これからよろしくお願い致します」
「はい」
「捜査一課に配属されるとは思わなく、て」
「そうか」
「ご迷惑をお掛けするかと思いますが、ぶっ」
(ぶっ?)
初めて会う上司に向かって失笑するとはそこまで酔いが回っているのかとやや気分を害していると、竹村の携帯電話が隼人の手に届いた。
(ーーーーーーーーこれは!)
そこには画像フォルダが表示されていた。一枚ずつ指をスライドさせるとそこには隼人の私生活が暴露されていた。
「警視正、ピンクがお好きなんですね!」
「忘れろ」
「はい?」
「今すぐその脳みそぶちまけてそこの用水で洗って来い!」
真向かいの竹村の顔はニヤニヤと嫌らしい笑顔を浮かべていた。
(ーーーーーーーークソが!)
真夏を膝に抱きピンク色の靴下を履かせ微笑み掛ける蕩けた笑顔の隼人。真夏のピンク色の洋服を二着手に持ち、鏡に当て、悩み、結局二着を手にレジスターの列に並ぶ隼人。ピンク色で統一された真夏の部屋にピンク色のベッドカバーを掛ける隼人。
ピンク色に塗れたその姿は金沢中警察署の第一線で捜査を指揮する竹村隼人警視正からは到底かけ離れていた。
(ーーーーーーーークソが!)
竹村誠はとんでもない置き土産を残して定年退職した。
以来、竹村隼人警視正は金沢中警察署内で、<桃色警視正>と密かに呼ばれる事となった。
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