悪役令嬢の隠し事

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「ビオラ・フランネル公爵令嬢。お前との婚約を破棄する!」  煌びやかな王城でのパーティーが一気に静まりかえった。  大勢の参加者達が輪をつくり、私から距離を取っていく。  注目するのは婚約破棄を言い放った王太子ではなく、じろじろと不躾に視線を送っても問題のなくなった立場の私。  整然とされた足取りの騎士二人が颯爽と現れ、私の腕を持ち拘束した。 「なぜですの!?」  声を張り上げる私に、王太子は冷たく「己の行いを振り返ってみろ」と言い放った。  その隣には与えられた称号に相応しく清楚で愛らしい、一人の女性がいた。 「私ではなくその女を認めたと言うことですの!? そんな平民が聖女などと……っ」  彼女はぽっと出の平民の女だった。  いきなり現れて潰す間もなく王太子に取り入り、聖女の称号を手に入れた。  周囲の貴族をも瞬く間に懐柔してしまい、私にとっては邪魔でしかない存在。  私の度重なる「警告」は無に帰するどころか、最悪の証拠となって自らに返ってきた。 「私はっ……私は殿下のために……っ」  騎士に腕を持たれた私は引きずられるように後ろへひかれていく。  野次馬がつくる人の壁に好奇の目を向けられ、ひそひそと嘲笑される。  ――いいえ、むしろこれは今に始まったことではなかった。  パーティーが始まってすぐ、私が王太子のエスコートを受けずに一人で登城した時から嘲笑されていた。  「公爵令嬢が首元を隠すドレスを着ないといけないなんて、お可哀想」  そんな同情的発言は、王太子のエスコートを受けた聖女から発せられた。  私は言葉を返せず歯噛みするしかなかった。 「なぜその女に私が……っ!!」  向けられる視線に羞恥を覚え、高く高く積みあげたプライドは傷つけられ。  それなのにどれだけ力を振り絞っても拘束は解くことができず、あっという間にパーティー広間の扉の前。  そこで聖女が、場の空気に萎縮しながらも口を開いた。 「あの、ビオラ様。私からの()()()はもう、返さず結構ですので」  ハッとして私が言葉を飲み込むと、王太子が重ねて叫ぶ。 「追放しろ!」  着のみ着のまま、私は転移魔法で辺境の地にある目も向けられないほどのボロ家に飛ばされた。  次いで飛ばされてきたロバには生活用品らしき荷物が括り付けられており、困惑したその瞳が焦りを隠さずに私を見つめる。  一瞥した私が怒りを抑えきれずに舌打ちすると、ロバはビクッと体を震わせてこう言った。 「パ、パーティーは楽しめましたか……?」  土砂降りの中に雷鳴が轟いた。  ❇︎  かろうじて使えそうだったベッドになけなしの布を敷き、雨漏りを避けて私は膝を抱えた。  部屋の隅には同じく雨漏りを避けてロバが腹這いになり、しくしくしくしくと涙を流していた。  たまに私をちらりと見る「構ってほしい」な雰囲気が癪で、私は屋根に叩きつける雨音と時折轟く雷鳴の中でロバを無視し続けた。  ――このロバのせいで。  いまだ脱ぐことのできない窮屈なドレスの、鬱陶しい首元の布を触り、私は忌々しく思い返していた。  ロバは私が聖女に嫌がらせをするために盗んだ聖獣だった。  聖獣というからもっと小柄で神々しくて、神秘なる力を使う難儀な生き物だと考えていたのに、実際に私の前に現れたのは何の変哲もないただのロバだった。  本当に聖獣かと疑った。  毛色こそは白で珍しいけれど、馬よりも小さくて耳が長くて大きい。どう見てもロバ。  盗んできたその手のプロは私のじっとりとした睨みつけに「間違いありません」と焦っていたが、にわかに信じられない。  この鈍臭そうな顔をしたロバが、その辺に繋がれていそうなただのロバが、あの女の聖獣だっていうの?  私は震えるロバの前に仁王立ちすると、馬鹿らしいと思いながらもロバに尋ねた。 「あなたは聖獣なのかしら?」 「…………はい……たぶん……」  ロバが言葉を返したことに私は少し驚きつつ、聖獣に間違いはないのだと……ん? たぶん?  面倒な事態を察した、確かに聖獣を盗んできたプロはその隙に金を持って逃げるように去っていった。  私は当たりどころを失ったイラつきをひとまず押さえ込み、ロバにもう一度問う。 「あの聖女に仕えていた聖獣で間違いないのかしら?」 「聖女様の元にいたのは確かです……。でも、僕は聖女様と契約をしていません」 「契約をしていない?」  聖獣と契約できるのは聖女に限らず、聖獣に認められた者に限られる。それはつまり神聖力を持たない一般の者の場合もあり、契約の際に聖獣から神聖力を与えられるのだとか。  それがどれほど尊く希少であるか、またその機会を逃すことがどれほど罪深いか。  誕生した聖女と聖獣が契約していなかっただなんて、どれほど国を揺らがす問題となるか。 「なぜ契約していないの?」  私は早々に弱みを見つけたと、口角が上がるのを我慢できなかった。 「聖女様は、聖女様の他に僕を必要とする者がいると仰いました」 「そう、他に……それは見つかったのかしら?」 「いいえ、まだ見つかっていません……。僕を必要とする人は本当にいるんでしょうか」  あぁもう、笑い出したくて仕方ない。  この聖獣が他の人間と契約したら。――もし、私と契約したら。  あの聖女は一体どうするのかしら?  その称号、立場、王太子から向けられる眼差しだって。  奪われたものを、私が全て奪い返してやるわ。  そして転落していく無様なさまを、私は高みから見下ろすの。 「……いるじゃない、目の前に。あなたを必要とする、私が」  ただもう、嬉しくて。嬉しくて嬉しくて嬉しくて笑顔になってしまう。  私の言葉に愚かなロバは、期待の眼差しで顔を上げた。  動物の表情なんてわからないのに、ロバも笑顔になったように見えた。 「ぼ、僕が必要ですか?」 「必要よ。私にはあなたが必要なの」 「ほっ、本当ですか?」 「えぇ。だから契約しましょう?」  ぶわわわっと、ロバの瞳に涙が溢れ出た。  ぽろぽろ落ちる雫をそのままに、ロバは私に一歩近づいた。 「お名前を教えていただけますか?」 「ビオラよ」 「ビオラ様……!」  次の瞬間、ロバの白い毛並みは光を放って輝き始めた。神聖力を纏った神々しい姿に私はつい目を細め、ロバの顔が目の前にやってきたことに気づくのが遅れた。すると、  ――――がっぷり。  私の首筋に噛みつきやがった。 「痛いわよ!!」  大きな顔に全力で拳を叩きつけると、ロバは情けない悲鳴をあげて私から離れた。 「なぜ殴るんですかぁ」 「なんで噛みつくのよ!」 「契約ですぅ」 「はぁ!?」  ロバの白い毛並みは放っていた光を落ち着け、元の白いロバに戻っていた。  代わりに私の体にわずかな光が宿る。あたたかくて優しくてホッとするような、そんな光だった。 「これが神聖力……?」  両手に宿る弱々しい光を見つめ、はじめての体験に戸惑いながらも私は感動していた。  改めて聖獣と契約したことを実感し、(よこしま)な気持ちは忘れ素直に喜ぼうとロバを振り返った。  けれど。 「あ、消えちゃいましたね」  私の手から光が消えた。 「そうだ、言ってませんでした。僕は聖獣ですが、与えられるほどの神聖力を持っていないんです」  ロバが朗らかに笑う。  消えてしまった光は私がどう頑張ってもうんともすんとも光らない。  この時だけじゃなく、その後も一度たりとも光を灯すことはなかった。 「ごめんなさい、神聖力を持たない聖女になっちゃいましたね」  それと、とロバは悪びれなく続ける。 「首筋の歯形も消えません」  私は容赦なくロバをぶん殴った。  雨音はさらに激しく、雷光が照明がわりだと言わんばかりにボロ家の中を照らし出す。  相変わらずしくしくと泣き続けるロバは「フロップ」と名乗り、その名の通り聖獣としては失敗作だった。  どうりで聖女が契約しないわけだし、取り戻すどころか探している素振りさえ見せなかった。  ならば不要なので契約を解除して送り返そうとするものの、ロバは頑なに首を縦に振らなかった。  「契約は解除しません!!!」と泣きじゃくられ縋りつかれる始末。  一度、強制的に送り返したことがあったが、ロバはめそめそしながら自ら帰ってきた。  聖女から『フロップはお貸しします。可愛がってあげてくださいね』と手紙まで持たされて。  聖女にバレてしまったことに私は頭を抱え、この情けない事実を隠さなければとそれ以降ロバを送り返そうとするのをやめた。  ポンコツ聖獣を盗んだ挙句に契約して、無能聖女になっただなんて、誰にも知られるわけにはいかなかった。 「そもそも、あの女がフロップをそそのかしていなければ……」  冷静になってみればおかしな話だ。  いくら聖獣がポンコツといえど、それを他の誰かに譲るような発言をするなんて。  そのせいで私が契約してしまったわけだけど、もしそれが聖女の思惑通りになっているとしたら。 「いじめ、盗み、無能な聖女……婚約者の座から引きずり下ろすには完璧ね……」  本当に聖女がそう仕組んだとは限らない。  けれど、現状に繋がるまで話が整いすぎていた。まるで一本道のようだった。  まんまと嵌ったのは私だ。 「はぁ……」  力なく柔らかみのないベッドに横になると、重ねて敷いたなけなしの布が湿っていた。  雨漏りは避けているとはいえ、外は土砂降りで気温が下がっている。  寒さと、孤独感と、ひもじさ。  自分を抱きしめて暖を求めると、しくしく泣いていたロバが立ち上がった。 「ビオラ様……そばに寄ってもいいでしょうか?」 「……なぜ?」  ツンと答える。  言ってしまえばロバも可哀想な境遇ではある。  けれど、まだ素直には認められなかった。 「寒いです。悲しいです。ビオラ様に無視をされては……」 「私は怒っているのよ」 「僕のせいですか?」 「あんたの――……」  ……素直に認められないが、直接ぶつける意地の悪さも今はなかった。  口ごもった私は咳払いをして、ふん! と鼻を鳴らした。 「寒いなら仕方ないわね。こんな所で風邪をひいたら死ぬだけだわ」 「……! 僕が暖めてさしあげます!」 「ちょっと待って、寒いのはあんたが……」  喜んだロバは狭い家の中を飛び跳ね、床に穴を開けた。その穴に足を取られ躓き、雨漏りの水溜りに全身で滑り込む。  極め付けは、その濡れた状態でも喜びが勝ったロバが巨体でベッドに乗り上げ破壊したことだ。 「フロップ――――!!!!」  私の怒号が雷鳴と共に轟いた。  ❇︎  翌日はすっかり雨が上がり、ボロ家の隙間から暖かみのある朝陽が差し込んだ。  よく見えるようになった屋内はやはりボロには違いなく、天井にも床にもいくつもの穴が空いていた。  こんな所に私は一晩いたのかと驚きを隠せないまま見回していると、背もたれにしていたフロップも目を覚ました。 「おはようございます、ビオラ様。うわぁ、穴がいっぱい空いてますねぇ」  そのうちのいくつかはあんたが空けたんだけどね?  私が固まった体を伸ばして立ち上がると、フロップも立ち上がって身震いした。 「家は直せば大丈夫です。外も見てみましょうか?」 「ここがどこなのか確かめなくちゃ」 「近くに川があるといいですね〜」  噛み合わない会話を無視して、ただ立てかけてあっただけの意味をなしていない扉を開けて外に出る。  ふわりと吹きつける風は湿り気を含み、雨上がりの土の匂いがした。 「どこよ……ここ……」  ボロ家は森の中にポツンとあり、見渡す限り木々に囲まれていた。  自然。とにかく自然。  フロップは無造作に生える草を食べ始めた。 「せ、せめて辺境の街とか……森の中って……」  どうやって生きていけと言うの?  言葉を失った私はその場に崩れ落ちた。  最悪、村なり人里であれば、このボロ家から抜け出せたならどうにかなると思っていた。  今つけているアクセサリーを売って金にして、最低限の住居を確保して……その後のことなんて貴族暮らしだった私には想像もつかないけれど、とにかくなんとかなると思っていた。  それでさえ甘い考えだというのに、こんな何もない森の中に私一人、死ねと言っているようなものじゃない……? 「あっ! 畑の跡があります」  絶望に浸る私を気にもせず、口の端から草をはみ出させたフロップが地面を嗅ぎ回っていた。  自然に囲まれて自分だけ食事をしているポンコツ聖獣は存外に楽しそうだった。 「ビオラ様! ここは耕せば使えそうです!」 「あぁそう」  絶望感とこの先の不安。  まったく浸らせてくれない能天気さにイラッとして冷たく返すと、フロップは今度は耳を忙しなく動かしはじめた。 「水の音が聞こえます! ビオラ様、近くに水場があります!」 「ねぇ、なんでそんなに楽しそうなの?」 「こっちです、ビオラ様!」 「ちょっと……」  走り出しそうな勢いでフロップは歩き出す。  私はついていっていいものか悩んだが、視界に入ったボロ家に薄暗さを感じて慌ててフロップを追った。  その場に一人で留まるのはどうしても怖かった。 「ビオラ様、早く早く!」 「ま、待ってよ」 「こっちです!」  ゆらゆら揺れるしっぽを追い、木々を抜けてひらけた小さな空間に出るとそこには泉があった。  底が見えるほどに透き通った水は木漏れ日を反射し、清らかな流れの中に魚を泳がせている。    フロップは顔を突っ込む勢いで水を飲み始めた。 「湧き水です! ビオラ様、このお水は飲めますよ!」 「そ、そう……」 「家に畑に、水もありました。これで安心ですね!」 「安心?」  何が、と顔に出たのだろう。  フロップは犬が尾を振るように声を弾ませた。 「家は直せばいいですし、畑は耕せば作物を育てられます。何より一番大切な水場がこんなに近くにあれば、生活には困りません!」  フロップは誇らしげだ。  私にはわからないけれど、どうやらここで生活していくための基盤は揃っているらしい。  家は直せばよくて、畑は耕して作物を育てればいい。水場は近くにあるので洗濯や水浴びもできるし、必要な分は汲んで家へ運べばいい。ということだろうか。  なるほど、と思う。 「無理ね」  私は踵を返した。 「えっ? 何が無理……ビオラ様どこへ行くんですか?」 「私は家を直せないし畑を耕すどころか土にも触ったことがないのよ。水場が近くにあるからなんだっていうの、汲んで運ぶ力もないわ」 「ビオラ様、それは僕が……待ってください、どこへ行くんですか?」 「森を抜けて人を探す方が賢明だわ」  できないことを目の前に並べられて大丈夫と言われても、私にとってはなんの安心材料にもならない。  だったらどうにか街へ行ってアクセサリーを売ったほうが、よっぽど現実味のある生き延びる方法になる。  その先のことはおいおい考えるとして、目先の確実さを私は掴みたかった。 「ビオラ様、僕が! 僕が全部やりますから!」 「こんな森に留まる必要はないでしょ」 「僕が全部引き受けますから、ここにいましょうよ……!」 「なぜ止めるの? だいたい四つ足のあんたに何ができるわけ?」 「僕が、僕が全部やりますから……っ」  ドレスをぐいぐいと引かれ、歩きにくい草地に足を取られそうになった私はイラつきと共にフロップを振り返った。  「ドレスを噛まないで!」と言葉にしようとして、思わず出かけた怒りを呑み込む。  私の困惑は自然と足を止めた。 「……え? ……だ、誰……?」 「僕とここにいましょうよぉ……」  私のドレスを引っ張っているはずのロバはいつしか姿を消し、代わりに人の手がドレスを掴んでいた。  突然のことに理解が追いつかずその姿を凝視する。  若い男は私のドレスを掴み、ぽろぽろと情けなく涙を流していた。  私より少し高い背。ただの白とは違う、水の青さを含んだようなさらさらの白髪。そこから生えるウサギに似た耳。  態度に反してふりふりと揺れる尻尾は、間違いなくロバのもの。  まつ毛さえも白く輝く、森の妖精だと言っても過言ではない美しさの男は、涙を流したまま私に懇願する。 「僕と一緒に、ここで暮らしましょうよぉ……」  美しさは罪だと、初めて男に対して思った。  人型のフロップはとにかく美しい見た目をしていて、人外なそれは尊くも儚かった。  性格はこれまで通りなのでよく涙を流すが、ロバの見た目とは違い麗しさを秘めていたのでめそめそされても無性に苛立つことはなくなった。  あとは人型なりの器用さが発揮されてくれれば完璧な聖獣だと思えたけれど、現実はそう上手くはいかない。  ボロ家の穴を板で塞ごうとすれば道具で指を殴り叩き、のけぞった拍子にさらに穴を開ける。  屋根に上がれば踏み抜いて落ちてくるし、フロップが動けば動くほどに穴が増えた。  畑を耕すと言って外に出れば雑草抜きから始め、いつしか無意識にむしった雑草を口へと放り込んでいくフロップの姿があった。  美青年が土付きの雑草を無心でむしゃむしゃと食べる姿は悲鳴を上げるほどショックな姿で、だったらせめてロバの姿になってくれと私は懇願した。  泉に水を汲みに行ったはずのフロップがしばらく帰ってこないので様子を見にいってみれば、バケツを頭から被ってずぶ濡れでひっくり返っていた。  それを何度も繰り返したフロップが放った言葉が「二足歩行は慣れませぇん……」だ。  私より重たいものが持てないようだった。  結局、フロップはフロップでしかない。  見た目が格段に良くなったものの、ポンコツはポンコツ。「僕が全部やりますから」と言っていた「全部」を見かねた私がやる羽目になってしまった。  ❇︎  木の実やきのこ、食べられる野草や魚を獲ってその日暮らしの毎日を過ごした。  ボロ家は日々手を加えて直し、畑を耕し、必要分の水を汲んでくる。  質素な食事に、欠かせない労働で次第に私は令嬢らしからぬ筋肉質な体を手に入れた。 「ビオラ様、あの木の実は食べられます」 「私が採るわ。フロップ、踏み台になりなさい」 「はい!」  踏み台にするのはもちろんロバの姿のフロップである。  人型の姿は娯楽のないこの森では私にとって素晴らしい癒しになったが、その分やらかしが多い。  慣れた四足歩行で何もできないロバの姿の方が都合のいいことも多かった。 「魚も網に掛かってましたし、今日は十分ですね」 「帰って魚の処理をしましょう」 「僕が捌きます!」 「…………ううん、私がやる」  正直なことを言えば、やりたくない事も多い。  家を直す力仕事は筋肉痛になるし、手のひらにマメだってできる。  森の中を歩けば虫が多いし、まだ遭遇はしていないけれど猛獣だっているかもしれない。  魚を捌くのだって生臭いし、匂いはしばらく取れないし、血を触らなければならないから。 「ビオラ様のお役に立ちたいです。僕も捌けるようになりたいです……」 「……気持ちだけ受け取っておくから」  ただ、どう扱えば小さな魚で惨劇が起こるのか、返り血を浴びたフロップはもう見たくなかった。 「僕ができるのは畑で薬草を育てることだけです……」 「マッサージもしてくれるじゃない」 「もちろんです! でも、ビオラ様のお役に立ちたいんです。僕がドジじゃなかったら、ビオラ様に楽をさせてあげられるのに……」  もっともだと思った。  だいたい、この森に私を引き留めているのがこのロバなのだから。  森での生活に耐えかねて嫌になるたびに私は出て行こうとするが、その度に懇願されて引き留められる。 「ビオラ様の喜ぶことをして差し上げたいんです……」  今のように、わざわざ人型の姿になって。  私がその見た目に強く出られないことをわかってやっている。 「……はぁ。あのねフロップ、あなたはちゃんと私の力になってくれてるわ。あなたの知識がなければ、私はここで生活していけないもの」 「本当ですか?」 「公爵令嬢だった私が、一人で魚を獲って捌けると思うの?」  しょんぼり耳を垂らすフロップはその綺麗な顔で私を見つめ、そして「えへへ」とはにかんだ。 「僕を頼りにしてくれていますか?」 「一人よりはマシね」 「僕もビオラ様と共にいられて幸せです」 「話が飛躍してるわ」 「ビオラ様、頭を撫でてください」  フロップは崩さぬ笑顔で言った。 「調子にのらないで」 「嫌です、いつものように撫でてください。僕は今、幸せなんです」  頬を桃色に染めて、柔らかな眼差しで。  私は内心で「くっ……」と負けを認め、態度には出さずに手を差し出した。  フロップは迷うことなく頭を下げる。  透明感ある艶やかな髪が、私の手のひらを滑った。 「幸せです」 「そう」 「人間のことをたくさん勉強してよかったです。ビオラ様のお役に立てました」 「勉強したの?」 「はい、僕はドジで取り柄がありませんから」  本心から幸せそうに、目を細めたフロップは頭を撫でていた私の手を取る。  そのまま滑らせて頬に止まると、抱きしめるように両手で包み込んで頬擦りした。 「僕を必要としてくれたのがビオラ様でよかったです」  その言葉に、私の胸にちくりとした痛みが走った。  フロップが畑の薬草に水をあげている。  自分が持てるだけの水を木桶に汲み、畑に撒くべく歩き出すと、どうしてそうなるのかつるりと足を滑らせてひっくり返った。  また今日も雨に降られたように濡れながら、フロップは一生懸命水をあげている。  そんないつも通りの光景をぼんやりと眺めながら、私はフロップの言葉を反芻していた。 「必要……」  フロップを最初に必要としたのは不純な動機だった。  純粋なフロップの心の隙につけ込み、聖女を陥れるために利用しようと契約した。  ……そのしっぺ返しはすぐに食らう羽目になったけれど、その後は厄介払いすることばかり考えていた。  けれど、婚約破棄と追放をされ、居場所をなくした今は。  私にとって、フロップは以前通りに厄介な存在なのだろうか。 「…………必要……」  ここで生きていくために。  私の知らない生活の術を知っているフロップが、必要。私が生きていくために。  生きるために、フロップの知識が必要。  ――ううん、違う。  フロップから得た知識があったとしても、この場所に一人では私はやっていけない。  一人では、ここにいられるはずがない。 「……私には、フロップが必要……」  戸惑いながらもたどり着いた答えに、私の胸はじんわりとあたたかくなった。  どこか晴やかで、けれどやっぱり罪悪感は消えることなく、しこりとなって残っていて。  どうしたらいいんだろう?  私はフロップに、何をしてあげたらいい?  また水を被り、私の視線に気づいたフロップが情けない笑顔を見せる。  純粋に向けられる好意に自然と笑みが溢れて、私は思いつく。 「フロップが喜ぶことをしてあげたいわ」  そうして夜に一人、家を抜け出した。  フロップの喜ぶこと。  私が何をしても喜びそうなものだけど、それでは意味がない。  じゃあ好きなものをあげれば、と考えて私は悩む羽目になる。これまで一度たりともフロップを知ろうとしたことがなかった。  うーーーんと悩み、考え、記憶を手繰り、思い出した。  そういえば川沿いに自生した野イチゴを大喜びで食べ尽くしていたこと。  私に一粒どうぞもなく、葉っぱさえもむしり食していたことから、あれは好物だろうと。  作物を育てるための畑は植え付ける種がなく今では薬草まみれ、そこで野イチゴを育てれば、少しはフロップの喜びになるかもしれない。 「夜の森は危険と言っていたけれど……」  再三フロップに忠告されたが、歩き慣れた森の中。  オイルランプなんて上等なものはなく、獣避けとして家の前で燃やしていた焚き火から松明を作って持ってきていた。  生い茂る木の葉に月明かりのほとんどは遮られ、時折漏れ射す淡い月光に導かれて川沿いで野イチゴを探した。 「……見つからない」  松明の明かりがあるとはいえ、あんなに小さな粒を簡単に見つけられると思ってはいなかった。  いなかったが、あの時は確かにあちこちに野イチゴがあったはずなのに。 「もしかして、フロップが全部食べちゃった?」  それくらいの勢いで食べていたので、あり得るかもしれない。  肩を落としそうになった時、ようやく目当ての小さな果実が白い花と共に足元に姿を現した。  危うく踏みつけそうなところをギリギリでかわし、私は松明を土の上に置き野イチゴの根本を掘り返した。  フロップがやっていたのだ。  森の中で薬草を見つけた時、畑に植えたいからと掘り返して根ごと採集していた。種がないし、根付かせてしまえばこの方が手っ取り早いからと。  それを見習い、私も野イチゴを掘り返して畑に植えようとしていた。 「掘れたぁ……」  そうしてようやく野イチゴを土中から掘り出すと、私は一息ついた。  両手に収まる苗は赤い実に比例してとても小さく細っこい。両手に乗せて眺めていると、その視界の奥でちらりと光が横切った。  咄嗟のことに私はそちらを見やると、二つの小さな光が暗闇の中に浮いていた。  その正体がわからず私はじっと見据えていたが、二つの小さな光は唐突に唸り声をあげて猛突進してきた。松明の明かりがようやく教えたその正体は、イノシシだった。 「きゃあああああ!?」    突進してくるイノシシに、その迫力と大きさに驚き尻もちをついてしまった。  逃げ出すには遅く、体も硬直して動かない。ぎゅっと目をつぶって恐怖を待ち構えることしかできなかった。  やってくるだろう衝撃に息を呑むと、イノシシとは違う蹄の音が聞こえた。 「ビオラ様――――!!」  四つ足で駆ける振動が交わり、そして鈍い打撃音。次いで川に大きな生き物が落ちた水音と、地面の上で転び滑った音。  そっと目を開けると、人型になったフロップが血相を変えて私の元へ近寄り、抱きしめた。 「ご無事ですか!? 怪我はありませんか!?」 「だ、大丈夫……」 「帰りましょう。夜の森は危険ですから」  そのままフロップらしからぬ筋力で抱き上げられ、いつもなら転ぶところをしっかりとした足取りで明かりのない森の中を歩き始めた。  フロップは無言で、たまに漏れる月の光が険しいフロップの顔を映し出す。  今までに見たことのない表情に、さすがの私も怒らせてしまったと口をつぐんだ。  ごめんなさいと謝ろうにも、私の高すぎるプライドがそれを邪魔した。  どちらも言葉を発することなく、視線さえ合わないままで私たちは家まで戻ってきた。  焚き火の明かりで、私はようやくフロップの異変に気がつく。 「それ……っ、腕どうしたの!?」  フロップの肩から肘にかけて大きく擦り傷ができ、血が滲んでいた。  フロップはさして気にした様子もなく「あぁ」と答える。 「ロバの姿でイノシシに体当たりしたんですけど、反動でひっくり返されちゃって。痛くないので大丈夫です」 「痛くないわけないでしょ!? 手当するわよ、下ろしなさい!」 「嫌です、下ろしません」 「何言ってるの!?」  フロップは私を抱きかかえたまま家の中に入ると、私を下ろさずにベッドに腰掛けた。  私はフロップの膝の上で、今度は力加減なく再び抱きしめられた。 「……どこに行くつもりだったんですか」  フロップが私の耳元で悲しげな声を発する。 「どこにも行かないわ。ただちょっと……欲しいものがあっただけ」 「言ってくれれば、僕が取りに行きました」 「それじゃ意味がないのよ」 「僕ではダメだということですか?」 「そういうことじゃないけれど……ねぇフロップ、もう離してちょうだい。あなたの怪我の手当てをしないと」 「僕は聖獣です、何もしなくても明日には治ってるでしょう。だから離しません」 「離してくれないと、せっかく採ってきたこれも枯れちゃうわ」  ぎゅうっと抱きしめてくるフロップから必死に守る両手を、フロップの胸元に突き出す。  怪訝そうに、ようやく私を離したフロップは私の両手を見下ろした。 「なんですか?」 「…………きっと、あなたが好きなもの」  開いた両手をまじまじと覗き込むフロップに、急に気恥ずかしさが出てきて私は顔を逸らした。  驚きに瞳を輝かせるフロップなんて見えない。嬉しさで頬が緩んでるフロップなんて見えない。  両手を避けるようにして私を抱きすくめたフロップの「大好きです」なんて、私には聞こえなかったのよ。  ❇︎  野イチゴは無事に畑に根付き、それから少し経つと新たな蕾をいくつかつけた。  花が咲けばそれが実になりますよとフロップが教えてくれ、膨らんだ蕾に白い花弁が見えていたのでいまかいまかと私はその時を待ち侘びていた。  けれど、花は一向に咲かなかった。  適度な水やりに日光も十分で、蕾はいつ弾けてもおかしくないほどなのに、頑なに花は咲かない。 「なぜ咲かないの?」  私は水やりのたびに蕾を睨みつけた。  あれだけの大事になり、フロップに怪我までさせてしまったのだから。  私のせいだとはいえ、せっかく採ってきたこの野イチゴが実をつけてくれなければ、まったく意味がないのに。 「素直に謝ることだってできないわ……」  口の中でつぶやき、ため息と共に立ち上がる。すと、ぱっちりと目が合ってしまった。 「えっ」 「ご機嫌よう、ビオラ様」  ふふ、とはにかむのは、そこに在るはずのない姿。二度と会うことはないと思っていた、四方が森に囲まれたこの場にいては不可思議な存在。  聖女は、はにかんだままで私を見つめていた。 「なんで……」  私は驚きで霧散する思考をなんとか繋ぎ止め、続ける言葉に迷った。  なぜあなたがここにいるの? いえ、それよりもここはやはり嫌味を言うべきなのかしら?  私が追放されてさぞいい思いをしているのでしょうね。嘲笑いにでも来たのかしら。ご覧の通り、私はたくましく生きていますわよ?  それね、と混乱のせいで明後日な方向の考えに至った私はまずポーズを取った。くびらせた腰に手を当て、扇子はないので手の甲を口元へ持っていく。  かつての私を思い出しながら、自信たっぷりに口角をあげたところで。 「聖女さまぁぁああーーー!!」  お決まりの空気の読めなさで、フロップの声が私達の間に割って入った。 「聖女様! お越し下さったんですね!」 「まぁフロップ。ビオラ様が何か仰るところだったのに」 「お茶をご用意しますね、ビオラ様とゆっくりなさっていて下さい!」  そして風のように去っていくロバ。  聖女は眉を下げて「お茶が出てくるのは夜になりそうね」と笑った。  空気をぶち壊された私は混乱から解き放たれ、咳払いをして姿勢を直す。 「こんな所に、聖女様が何のご用かしら?」 「会いにきちゃいました♡」 「は?」  やはり嘲笑いに来たということかしら。私が追放先でどのような生活をしているか見に来たのね。それともまさか、今さらフロップを連れ戻そうと?  ふつふつと湧き上がる怒りを抑え込みながら、私は久々に使う令嬢ならではの余裕さを見せてフンっと鼻を鳴らした。 「私に会いにわざわざこんな所まで? 私が追放された時と同じく転移魔法でも使ったのかしら。いいご身分ですこと」  結局口から出てしまった嫌味だが、それが伝わらなかったらしい聖女は目を瞬かせて小首を傾げた。 「転移魔法だなんて、そんな大それた事をせずともここへは参れます。王都裏の森ですもの。ビオラ様もご存知でしょう?」 「……王都、裏……?」 「えぇ。森の入り口まででしたら馬車で小一時間ほどです」  王都……裏…………?  口を開けたまま固まる私に、聖女は申し訳なさそうな表情をした。 「ビオラ様はきっとすぐに森から抜け出してくると思っていたんです。だって、こんな所でご令嬢のあなたが暮らしていけるなんて誰も思わないでしょう? それなのに、あなたは森から出てこなかった。なぜだろうって考えて、思い至ったんです」  聖女はぎゅっと両の拳を握った。  私の脳裏にはいまだに「王都裏」という言葉が木霊していた。 「ビオラ様、私はあなたがフロップと契約して無能聖女になっただなんて誰にも明かしていません。こらからも明かすつもりはありませんし、あなたを脅かすつもりは一切ないんです!」  言い切り、ふぅと息を吐く。  晴れやかな笑顔を見せた聖女に、ここが王都裏の森で私を嘲笑いにやってきたのではないことだけが理解できた。 「フロップに呼ばれて、ちょうどいいのでそれを伝えたかったんです」  ついでかい。というか、フロップに呼ばれて?  私の眉間に深く皺が刻まれた。  聖女は、さてと、と私の足元を指差す。 「野イチゴはそちらですね?」  脈絡なく問われ、私は「なぜ?」とツンと返した。 「苦労して植えたのに、なかなか実がならないのでビオラ様が悲しんでると聞きました」 「そんな事でのこのことやってくるなんて、さぞお暇なのね」 「えぇ、枕元で毎晩のごとく騒がれたので……ちょっと迷惑でして」  そう言う聖女の目元には確かにうっすらとクマが出来上がっており、フロップの人の話を聞かない無神経さを今ばかりは褒め称えた。  ……――ん? ちょっと待って? 「フロップが枕元で?」 「ロバのあの巨体で騒ぐんです。かなり迷惑でした」 「呼んだって、聖女と聖獣のテレパシー的な何かじゃなくて?」 「直接来て騒ぐのでとても迷惑だったんです。それに、聖女と言っても私はフロップと契約していませんし」 「つまり、フロップはここが王都裏の森だと知っていたと……?」 「ずいぶんと前から気づいていたはずですよ」  再び固まる私に、聖女は何かを悟って哀れみの眼差しを向けた。その瞳には「お気の毒……」という色が滲んでいた。 「フロップったら、ビオラ様に何も教えて差し上げていないんですね。お気の毒です」  直接言葉に出されてしまった。 「もしかして、私が呼ばれたことも聞いていませんでしたか?」 「聖女のせの字も聞いてないわね」 「まぁ……」  「お気の毒……」と、哀れみの眼差しのままで私の隣へやってきた。  身構える私を無視して聖女はその場で屈むと、野イチゴに手をかざす。いつか私の手にもまとった優しくてあたたかな光が、粒となって蕾に降り注いだ。  私のものとは違い力強い光に、蕾は少しずつ上を向いた。 「フロップはあの通り、なんというかその……いろいろと大変でしょう? よくビオラ様が契約をお許しになったなと思っていたんです」 「あんたがそそのかしたんでしょ」 「そそのかしただなんて。私はフロップにいいご縁があると励ましただけです」 「体良く断ったように聞こえるわ」 「あら、違いますよ。私はフロップに選ばれなかったんですから」  振り返り私を見上げた聖女は、にっこりとした。 「聖獣は自分が認めた者としか契約をしません。私が断る立場にないことを、ビオラ様だっておわかりでしょう?」 「それは……」  確かにそうだ。  いくら聖女といえど選ばれなければ聖獣との契約はできない。契約のすべての決定権は、聖獣のみが握っている。 「もちろん、私の元からフロップを盗んだり様々な魂胆がおありだったことは問題ではありますが……」  そのことに関しては、私はバツが悪く目を逸らした。 「それでもフロップはビオラ様を選びました。ビオラ様もまた、フロップを選んだのでしょう?」  弾けた蕾が花ひらく。  真っ白な小さな花が、太陽に向かって背伸びした。赤い実がなるまであとわずか。  フロップがお茶の準備をしている、いつしか私達の『家』となったボロ家から食器をひっくり返す音が聞こえた。 「お気の毒だと思っていましたが、ビオラ様にとってフロップが必要な存在となってよかったです」 「……何をどうしてそんな結論に至るのよ」 「頬が赤いですよ。正解でしょう?」  自覚していなかった熱が、指摘されて一気に上がった。私はフ、フンっと思い切り顔を背けた。 「正解なわけないわ! こんな所に騙されて閉じ込められて! いい迷惑だもの!」 「本当に嫌ならビオラ様はとっくに抜け出しているはずです。フロップにうまく囲い込まれてしまいましたね」 「あまりにポンコツだから同情しただけよ!」 「同情から芽生えるものもありますわ。ビオラ様にとって、フロップはかけがえのない存在になっているのですね」 「そんなわけ……!」  言い返そうとしたところで、家から気まずげに顔を出したフロップに気がついた。  人型のあの麗しい顔で、瞳に涙を溜めながら情けなく眉を下げて。お茶をひっくり返したという後ろめたい報告だろう。  うっかり目を合わせてしまった私は、聖女とのやりとりで引き出されてしまったフロップに対する想いを自覚する。  途端に恥ずかしくなり、私はフロップからも顔を逸らして野イチゴのそばにしゃがみ込んだ。 「フロップ、野イチゴが実をつけましたよ」  聖女がフロップを呼ぶ。  ひっくり返したお茶の謝罪はどこへやら、意気揚々と出てきたフロップは「わぁ!」と歓声をあげた。 「やりましたね、ビオラ様!」  白い花はいつしか緑色の実をつけ、だんだんと膨らみ大きくなっていく。  隣に屈んだフロップに胸を高鳴らせる私の前で、その実は少しずつ赤く変化した。 「真っ赤になったら食べ頃ですね」  聖女が穏やかに言う。  微笑ましいというように、私に向けた声色には純粋に私の幸せを願うあたたかさがあった。  野イチゴを見るフロップは身を乗り出し、ついに私にトンっと触れた。  私の中に隠しようのないほどの想いが溢れる。   「……ビオラ様?」  フロップに覗き込まれ、野イチゴはとうとう真っ赤に熟してしまった。
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