金木犀の庭へようこそ

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 ふかっ、ふかっ、と感触を確かめるように歩いて、ベンチに腰を下ろす。ふっと身体が重くなって、急に疲れを感じた。フられてヤケになってから、どれだけ歩き回っていたんだろう。腕時計を見ると、40分ほどだ。そりゃ疲れるわ、とベンチにどっかり座り込んでから、くるみは先客に気づいた。  庭には4つのベンチがある。くるみの座った斜め向かいのベンチに、若い男性が座っていた。カバーのかかった文庫本を読んでいる。くるみに気づいていないのか、気づかないフリをしているのか。  男性の白いワイシャツはピンとアイロンがかかっている。ネイビーの上品なカーディガンのボタンを全部外している。黒縁の眼鏡の奥の表情はよく見えない。  きちんとした人だ、とくるみは思った。だらっと座っているのが恥ずかしくなって、脚を揃えて座り直した。男性は本に目線を向けたままだった。  文学部の人だろうか。本が好きそうな人だ。くるみはチラチラと男性を観察した。  寒くないのだろうか? くるみはもうトレンチコートを着込んでいる。少し休んだらさっさと帰りたい寒さなのだ。それなのに男性はカーディガンを羽織っただけで、しかもボタンを開けてしまっている。  本に夢中なのかな。風邪を引かないといいけど。とはいえさすがに赤の他人におせっかいを焼く気にはならなくて、くるみは庭を観察し始めた。  芝生と同じく花壇も手入れが行き届いている。白い縁石で区切られた中に、色とりどりの花が咲いているのだ。花の咲く低木もところどころに植えてある。  綺麗だなあ、とくるみは素直に感心した。くるみは植物に詳しくない。でも、いつも花が咲いているように植物を配置するのはきっと大変なことだと想像した。綿密に計画を立てるんだろう。  誰が世話をしているんだろう。大学の管理チームの人たちだろうか。ありがたいことだなぁ。
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