いい人かもしれなくない?

2/3
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
「すみません」  穏やかな男性の声が聞こえて、くるみは顔を上げた。いつもの眼鏡の男性だった。 「あ、写真撮るの、だめでしたか……?」 「いやいや。僕もフィルムカメラで撮ったことがあるけど、全部白飛びしちゃったんですよ」 「……ああ〜」 「そのカメラは、庭の外で使うのがいいと思います」 「そうします!」  くるみは素直に返事をした。それが意外だったようで、男性はくすくす笑った。  ——しばらく恋愛はお休みするの!  自分の宣言がリフレインする。でも、恋愛じゃなくてお友達ならオッケーじゃない? 「お兄さん……は、この庭にどれくらい前から来てるんですか」  くるみは男性の年齢を図りかねつつ「お兄さん」と呼びかけてみた。大学生だろうか? 大学院生? 20代前半に見えるが、物腰が落ち着いている。 「ああ。半年くらいですかね」 「神隠しはされてないですか?」  くるみの切実な疑問に、一瞬笑いかけた男性は真剣な顔に戻った。あ、いい人かも。くるみは嬉しくなった。 「半年間、危ないことは起きてないです。ただ、花の種類が変わるだけ」 「よかった〜」  くるみは安堵のため息をつき、笑顔を見せた。それにつられて、男性も微笑む。穏やかな性格がそのまま滲んだような笑顔だった。 「そうそう! 花に意味があると思いませんか?」 「意味? 花言葉みたいな?」 「そうです。花言葉を調べたら、メッセージになるとか」 「どうだろう……。だから花の写真を?」 「そうなんですよー!」 「ふむ……」  男性が目線を上に向けて考え込んだそのとき、くるみのお腹が盛大に鳴った。 「……あ」 「? あ、ごめんなさい、僕、お昼食べないと。じゃあ、また」  男性は、お腹の音には触れず話を切り上げた。気づかなかったのか、気づかなかったフリをしたのか。フリをしてくれた気がした。やっぱりいい人かもしれない。  男性はくるみの斜め向かいのベンチに腰を下ろした。ゼリー飲料を飲みながら、片手で文庫本を掴んで読んでいる。今日はブルゾンのジッパーを上げている。それにしても、くるみに比べればずいぶん薄着だ。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!