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「すみません」
穏やかな男性の声が聞こえて、くるみは顔を上げた。いつもの眼鏡の男性だった。
「あ、写真撮るの、だめでしたか……?」
「いやいや。僕もフィルムカメラで撮ったことがあるけど、全部白飛びしちゃったんですよ」
「……ああ〜」
「そのカメラは、庭の外で使うのがいいと思います」
「そうします!」
くるみは素直に返事をした。それが意外だったようで、男性はくすくす笑った。
——しばらく恋愛はお休みするの!
自分の宣言がリフレインする。でも、恋愛じゃなくてお友達ならオッケーじゃない?
「お兄さん……は、この庭にどれくらい前から来てるんですか」
くるみは男性の年齢を図りかねつつ「お兄さん」と呼びかけてみた。大学生だろうか? 大学院生? 20代前半に見えるが、物腰が落ち着いている。
「ああ。半年くらいですかね」
「神隠しはされてないですか?」
くるみの切実な疑問に、一瞬笑いかけた男性は真剣な顔に戻った。あ、いい人かも。くるみは嬉しくなった。
「半年間、危ないことは起きてないです。ただ、花の種類が変わるだけ」
「よかった〜」
くるみは安堵のため息をつき、笑顔を見せた。それにつられて、男性も微笑む。穏やかな性格がそのまま滲んだような笑顔だった。
「そうそう! 花に意味があると思いませんか?」
「意味? 花言葉みたいな?」
「そうです。花言葉を調べたら、メッセージになるとか」
「どうだろう……。だから花の写真を?」
「そうなんですよー!」
「ふむ……」
男性が目線を上に向けて考え込んだそのとき、くるみのお腹が盛大に鳴った。
「……あ」
「? あ、ごめんなさい、僕、お昼食べないと。じゃあ、また」
男性は、お腹の音には触れず話を切り上げた。気づかなかったのか、気づかなかったフリをしたのか。フリをしてくれた気がした。やっぱりいい人かもしれない。
男性はくるみの斜め向かいのベンチに腰を下ろした。ゼリー飲料を飲みながら、片手で文庫本を掴んで読んでいる。今日はブルゾンのジッパーを上げている。それにしても、くるみに比べればずいぶん薄着だ。
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