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藤崎トレーディング
「小澤さん、この前頼んでおいたの、出来てるよね?」
「もう少しです」
「まだ出来てないの?困るんだよね、仕事のプライオリティ、ちゃんと考えてもらわないと」
何がプライオリティだ。本気でそれをつけていいんだったら、お前からの頼まれ仕事なんて最後尾にもっていってやる。
そんなことを思いながら、課長という肩書をよすがにして、ふんぞり返る直属の上司である飯田のことをちらりと見やる。
つい1週間前までは、やたらと優しく接してくれたのは幻だったのか。私が彼の好意にNOを表明したあとの手の平返しは分かり易い。
ちなみに飯田課長は妻子持ちだというのに。
「ふぅ」
自席に戻って周囲を気にしながら、小さく溜息をつく。
会社勤めをしていれば、無体なリクエストに出くわすことは、ままあることではあるけど。それにしても、直近の彼の態度は目に余らないか。周囲は事情を察していても見て見ぬふりだ。彼は無能なくせに太取引先の親戚筋だとかなんとからしい。だから周りも忖度するわけ。それって、裏を返せば、ただのコネ入社だと思うけど。
そう、彼は常にターゲットを探している。私の前のターゲットは1か月前に退社、その前のターゲットも既に退社しているらしい。コンプライアンスがあれだけ叫ばれたところで、行き届かない場所はあるっていう典型例みたいな感じ。誰だって自分がターゲットになりたくない。ゆえに私は孤立無援状態。
「やっぱ、これは前例に則り、辞めるしかないのかな」
あまりにもむしゃくしゃしていたから、とりあえず頭を冷やすためにトイレに立った。洗面所の鏡に映る自分の顔に再び溜息をつく。幸せの神様が素通りしそうな険しい顔。ダメじゃん。頬を両手でパンと軽く打って、気合を入れる。席に戻らなきゃと思ったところに、同じ部署の鈴木さんが走ってやってきた。
「小澤さんにお客様です」
「お客様?今日はアポとか予定なかったはずだけど」
「ご新規っぽいんですけど、小澤さんがご指名みたいで」
「私に?どこの会社?」
「藤崎トレーディング様です」
会社名を聞いても、ピンとこない。私をご指名?確かに営業のアシスタントはしているけど、もしあったとしても私を名指ししてくるような会社にそんな名前はない。
「とりあえず行きます」
「会議室Bにお通してあります」
「ありがとう」
会社モードに切り替えよう。やるべきことはやろう。飯田課長に振り回されるなんてまっぴらだ。
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