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彼女の好物は……
「仏壇の牡丹餅、食べたでしょ!」
僕は母親に怒られた。
春のお彼岸で仏壇にお供えした牡丹餅が、消えているというのだ。
「違うよ、僕じゃない!」
「5年生にもなって、ウソをつくんじゃありません!」
と、言っても聞いてくれずにゲンコツを食らった。
大体、僕は友達とさっきまで外で遊んでいたのだ。
――犯人を捕まえてやる!
僕はそいつを突き出せば、疑いが晴れると思ったが、すでに僕は割を食らっている。
母親に突き出す以上に、僕も仕返しをしてやりたい。
思いついたのは、テレビで見たミステリードラマの真似事だ。
僕のウチがあるのは山奥の片田舎。昔からの農家であるから、思えば捜す家の中は結構広い。使っていない部屋などもいっぱいある。
探偵として行う行動は……まずは犯行現場を調べる事だ。
――仏間だ!
そして、僕は昼間でも薄暗い畳敷きの部屋に向かった。
***
仏間は怖いぐらいに静まりかえっていた。
ウチはやたらにデカいので、10畳敷きの和室がふたつ、襖で分けられている。そこがウチの仏間だ。
この仏間が薄暗いのは、畳が傷まないためだとかなんとかで、昼間でもカーテンが閉められていた。その所為もあって、春で少し暖かくなったはずなのに、ここだけ肌寒い。もちろん、畳も冷たい。
電気を付けると、金ぴかで立派な仏壇が鎮座していた。
――誰が取るだろうか? 僕以外となると、誰かだろうか?
すでに牡丹餅を乗せていたお皿は、片付けられていた。
都会の親戚のウチに行って初めて知ったが、家にカギをかけるそうだ。だが、僕のウチではカギをかけたことがない。だから、誰でも出入りは自由。とはてっても、奥の仏間まで入ってくるなんで早々いない。
近所の人でも玄関で立ち話ぐらいだろう。
――では、人間ではないのかな? ネコ?
最初はそう思った。でも、ネコが牡丹餅を食べるだろうか?
僕の小さい頃は、ペットで飼えなくなったウチの山に捨てに来ることがあった。それで一時期、妙に近所にネコが多くなって、ウチの床下でもミャアミャア鳴いていた。
でも、まてよ。
ネコが入ってきて食べたとしたら、母親が「お前が食べた」と、いうだろうか?
――食べ散らかしているような気がする。
ウチの牡丹餅は大人の拳ぐらいある。ネコがそれを食べるのも大変だろう。全部平らげるとなると、相当な時間が掛かるはずだ。キレイに片付けられているとすると、そのまえに
「イタズラしただろう」
と、怒られないか?
――だとしたら、大きな犬ならどうだ?
パクリと食べてしまえば、食い散らかした跡などないはずだ。
それも無理がある。
そんな大きな犬が入ってきたら、いくら何でも母親は気が付くし、畳にも犬の足跡が付くだろう。
――じゃあ誰が取ったんだ?
ますます分からない。
こういうときは……そうだ!
僕がおやつに食べる予定だった牡丹餅がまだある。あるにはあるが、母親が「仏壇のを食べただろう」と、取り上げられて台所の戸棚の中にしまわれている。
それを囮に『真犯人』が現れないだろうか?
「――おかあさん! 回覧板、おいてくるから!」
丁度、遠くから母親の声が聞こえた。
――しめた!
今しかない。
僕は台所にすっ飛んでいくと、戸棚の中には皿に並べられた牡丹餅がふたつ。それを持って再び仏間に戻ると、仏壇に供えて手を合わせる。
それから、サッと襖の陰に隠れて様子を見た。
――もしかしたら、また現れるかもしれない。
よくテレビのミステリーでは「犯人は現場に戻る」というではないか。
***
どれだけ待ったか……コチコチと仏間にある古時計が鳴っている。
いくら待っても、真犯人は現れない。
――テレビドラマみたいにはならないか……
そう思っていると、妙に鼻につくニオイが漂ってきた。朝よくこの部屋から出てくるニオイ……そう、お線香のニオイだ。
――なんでそんなニオイが……
「――何があるの?」
と、突然、僕の耳元で母親の声ではない女の人の声が聞こえた。
そっと目線だけを向けると、白い顔がそこにあった。
「ひっ!」
いつの間に現れたのだろうか!
僕の真横に、女の人がいた。その人は、僕の見つめる仏壇のほうを一緒に見ている。
「そんなにビックリすることはないでしょ?」
その人は不思議そうな顔をするが、突然、気配もなく隣に現れたら、驚いて当たり前だ。
「だっ、誰だ!?」
僕の問いに答える事もなく、僕と同じぐらいに屈んでいた身体がスッと伸びる。僕よりも背が高く、大人の人……いや、お姉さんといったほうがいいか。
高校生ぐらいの女の人だ。
「あっ、また出してくれた!」
その女の人は足音も立てずに、仏壇の牡丹餅に近づいていった。そして、その細い指で餅を手に取ると、パクパクッとアッという間に食べてしまったではないか。
まるで自分のもののように……。
「だっ、誰だ!?」
「誰って? アタシのこと?」
その女の人は細い指先に付いたアンコをなめ取ると、不思議な微笑みを浮かべた。
妙な人だ。
鮮やかなピンクの花のかんざしで白い髪の毛を止め、すこし幼い白い顔に、白い着物を着ていた。白い着物の下の襦袢や帯は派手な赤い色をしている。先ほど嗅いだお線香のニオイは、この人が発していた。
「さあ、誰でしょう……」
人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべると、鼻歌を歌い出し、お線香のニオイが僕の前をスッと通っていく。
そのまま女の人は、仏間を抜けて行ってしまった。
「待って!」
真犯人を逃がすわけにはいかない。
僕は追いかけた。
その女性の後ろ姿も見え、お線香のニオイも残っている。
廊下を通って、裏の離れへ向かう渡り廊下のほうへ姿を消した。
――この先は行き止まりだ。
離れは、昔、茶室とかに使っていたらしいが、今は空き部屋になっている。渡り廊下から見える縁側にある窓以外は、出入りすることは不可能だ。
――そんなところから、牡丹餅泥棒の女の人は入ってきたのか?
妙な感じがしたが、お線香のニオイに遅れて僕は離れに入った。
「あれ!?」
僕が入った離れには……誰もいない。渡り廊下から見えた窓から出た気配すらない。音もしなかったのだ。隠れるような場所もない。
ただ、ホコリのニオイに混じってお香の香りがするだけだ。
「どういう……」
突然、僕は背中がゾクゾクしてきた。
――消えた……あの女の人が消えたということだけが、残された。
「こんなところで何しているのよ」
「わぁー!」
突然、声を掛けられて僕は大声を上げた。母親の声だ。いつの間にか後ろに立っていた。
使っていない離れで、ボッと突っ立っていた僕が不思議に思ったらしい。
そして、僕は会った女の人の話をした。その人が牡丹餅を食べたのだと。
「ウソおっしゃい。また食べたの!」
僕が取り上げられた牡丹餅を、真犯人をおびき寄せる囮に使ったのだ。が、それを母親はやはり僕が食べたことにされた。
――あの人は一体、誰だったのか?
その後、しばらく僕は仏間にも、離れにも近づかなかった。
でも、お線香のニオイがしてくると、怖いながらもあの人に会えるのではないかと、そっと仏間を覗いてみる。
「――何があるの?」
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