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コーンと君が、鋭く鳴いた(化ける)
時は明治の終わり頃だ。
慎吾が畑仕事の帰り、狐が一匹、畑の横の藪に、動けずうずくまっていた。
「なんだ、怪我したのか?」
慎吾は、首に巻いた手拭いを、首から外すと、手拭いを細く割いた。割いた手縫いを、怪我した狐の足首に巻いてやる。
「これで良いだろう」
狐はジッと慎吾の顔見て、それからいきなり走り出す。そのまま、茂みの中に逃げてしまう。
切なそうに慎吾が言う。
「手当てしてやったのに、つれないなぁ」
狐を助けた次の日、慎吾は川で鰻を獲っていた。その様子を昨日の狐が茂みから覗き見ていた。
狐は頭に葉っぱを乗せた。それから手を組んで、コーンと言った。すると狐に体の周りを、白い煙が包む。
白い煙が消えると、17歳くらいの美しい女の子がいた。頭にはまだ葉っぱがのっている。
女の子はそっと慎吾の側によって行く。川の中で鰻を捕まえている慎吾を、河岸から見つめた。
慎吾が鰻が二匹入った魚籠を腕にかけて、川をあがる。
慎吾が自分を見ている、女の子に気がつく。慎吾は女の子にちかよって行った。
「見ない顔だな? お前は誰だい?」
女の子はモジモジして喋らない。
慎吾は、女の子の足首を見た。昨日狐に巻いた手拭いが巻いてある。それを見て、慎吾は何か言おうとして、やめる。
慎吾は言おうとした事と別の事を言う。
「うちに来て、鰻を食うか?」
女の子が頷く。
女の子を連れて、慎吾は家に帰る。粗末な家には病気の母親が待っていた。慎吾が母親親に言う。
「鰻を取ってきた。精をつけてくれ」
「私はもう、鰻を食べても、病気は良くならないよ。鰻など取ってこなくて良かったのに」
慎吾が言う。
「そう言うな。頑張って生きてくれ」
慎吾が鰻を捌いて焼く。
慎吾と、母親、女の子が鰻をほうばる。
女の子が言う。
「旨い。旨い」
慎吾が笑う。
「ゆっくり食えよ。喉に詰まるぞ」
女の子は鰻に夢中で、聞いていない。
それから女の子は慎吾の家にやってくるようになった。お土産に森のキノコや、栗など持ってやってきた。
母親がそれを使って夕食を作る。夕方畑仕事を終えて慎吾が戻ると、母親と女の子、慎吾でその夕食を一緒に食べる。
慎吾の母親が、女の子の訪問を喜んで言う。
「慎吾は25歳で男盛りなのに、私みたいな病気の母親がいては、慎吾も嫁が来ない。あんたみたいな女の子が、嫁に来てくれたらどんなに良いか」
慎吾の母親の言葉に、女の子が頬を染める。
そんな母親の言葉があった日。夕飯も終わると、母親は早々に寝てしまった。慎吾は庭に出て空を見上げていた。
女の子も庭に出て来て空を見る。
「何か見えるのか?」
「流れ星を見つけている」
「何を願う?」
「こんな楽しい日がずっと続けば良いと……」
女の子ははにかんで言う。
「私も流星を探そう」
二人はそっと手を繋ぐ。
そんなある日。
女の子が、いつもの様に、慎吾の家を訪ねた。いつもなら庭仕事をしている母親がいない。女の子は庭を探す。しかしいないので、家の中に入って行く。
女の子は家の中でうつ伏せに寝ている母親を見つける。女の子が喜んで母親に近寄る。そして母親を揺する。しかし母親は起きない。
女の子は母親の顔に、自分の顔を近づける。そして女の子は知った。
母親は息をしていない。亡くなっている。
女の子の目は悲しみに変わる。
女の子は叫んだ。
悲哀に満ちた声で。
コ――――――ン
コ――――――ン
その声は、遠く、遠くまで響き。
畑で働く慎吾にまで届いた。
慎吾には分かった。
母親が亡くなったのだと。
そして次の日お通夜が行われ、その次の日荼毘にふされた。母親は墓の中に納められた。
女の子はコ――――――ンと鳴いた後、通夜にも葬儀にも現れなかった。
集まっていた村人が口々に言う。
「良い人だったのに」
「残念な事だ」
「気を落とすなよ」
村長が言う。
「しかし、これで嫁がもらえる。喪が開けたら、私が相手を探そう」
村人に1人が賛成する。
「ああ、それが良い」
そして村人は去って行く。
誰もいなくなった母親の墓の前に、慎吾は座り込んだ。
「みんな帰ってしまったよ。出ておいで」
すると母親の墓の後ろから、女の子が寂しそうに出てきた。
「私がいたのを、気付いていたのか?」
「ずっとお前は、私の近くにいただだろう?」
女の子が頷く。
慎吾の隣に寄り添うように座った。
慎吾が女の子に聞く。
「村長たちの話を、聞いていたのか?」
「嫁をもらうのか?」
「そうだな」
慎吾が懐から、桑の葉の包んだ鰻飯を、2包み出す。1つを女の子に渡す。
「弔い飯だ。一緒に食おう」
慎吾と女の子が鰻飯を食う。
食い終わって慎吾が言う。
「母親が病気で、毎日がしんどかったが、お前がきてくれて、潤いになった。それでついお前を引き留めてしまったよ。今までありがとう」
慎吾が女の子を抱き寄せ、頭を撫でる。
「でももう来る事はない。恩返しはもう充分だ。私も喪が明けたら嫁をもらう。お前も仲間の男と結ばれた方が良い。俺たちは寿命も違うし、一緒にいても先はないだろう? だからもう終わりにしよう」
女の子が言う。
「あの日、流星が見つけられなかったせいかな?」
慎吾がフッと笑う。
女の子もつられて笑う。
女の子は葉っぱを頭に乗せて、手を合わせて、狐に戻る。それから、慎吾の膝に手を乗せて、慎吾の顔を舐めた。
その場で鳴く。
コ――――――ン
コ――――――ン
そして慎吾の膝から手を退けて、母親の墓の後ろの茂みに消えて行った。
それを見届け慎吾が立ち上がる。
女の子の残して行った葉っぱを手にする。慎吾は頭に葉っぱをのせた。
それから手を組み言う。
「コ――――――ン」
「コ――――――ン」
しかし何も起こらない。
慎吾が葉を頭からとる。
慎吾が寂しそうに微笑む。
「そりゃ、そうだよな」
慎吾は墓を後にした。
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