「ショッカー」と「レンジャー」の発見

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「ショッカー」と「レンジャー」の発見

戦隊モノのレンジャーは、いつも勝っていた。レンジャーの掟は、一度負け、ショッカーを倒し、最後はボスに勝つ。日曜日の朝のテレビを数十年ぶりにみたが、幼少期から何も変わっていなかった。 ほぼ勝ちが確定しており、努力や信念があれば、上手くいく。小さい頃は、そう思っていた。地域で有名なトレセンの運動場に向かい、夢と希望を抱いていたあの頃が懐かしい。 私の人生は、戦隊モノとかけ離れていた。臆病で自尊心だけ強く持って生きていた。努力や信念が、報われた試しはなく、勉強も、スポーツもそこそこ。中学に入学したときにはトレセンも辞めていた。 気がつけば、少年は、成年となっていた。年を重ねるにつれ、才能のあるやつの噂を聞き、オレにもできると自尊心だけが先走りる。と、同時に、できないことへの尊大な羞恥心でネットとゲーム、動画を徘徊する自称プロゲーマーの「すごいヤツ」に自分を仕立て上げた。 しかし、その結果は虚しくゲームと動画でほとんど毎日の時間を潰す廃人となり、人を恨み、カップラーメンや焼肉を食べて生存だけが目的の野獣的な生活となっていた。 理性を徐々になくし、憂さ晴らしをするため、こうしていまも画面に向き合い続けること、かれこれ10年は過ぎただろうか。 ゲームの力量だけは身についたが、ゲームで飯が食えるほどの実況力やプレー力はなかった。 むしろ、そういう奴等をみると無性に腹が立ち、煽って挑戦しては負け、その後に弱い雑魚を狩るこれが、私の掟になっていた。 私の中にも、強情ばりの信念「戦隊のゴレンジャーは、いつも勝つのだから、ゲームの中で勝って終わる。」であるが、自分のことは誰よりも自分が知っている。 ただの、臆病な「自尊心」で、無言で毎日すごし、言葉も忘れ、ただ無意識的に弱者を狩る野獣となっていた。 オンラインゲームで私の名前をみかけると、ルームを変え避ける者もおり、現実でも一匹狼なのに、ゲームのなかでもまた一匹狼となっていた。 そのことをとても恥じ、世間に顔を出すことを恐れ、ゲームなしで生活することが不可能となっていた。私は、世間を恨み、時代がつくった生存するだけのモンスターであることを自負していた。 ほとんどの時間を、モンスターとして過ごすわけだが、ふと我に還るときがあり、ゲームの中のアバターでない自分を鏡でみる。 ひげや眉毛が伸び、眼差しは枯れ、表情という表情は消え、戦隊者のショッカー以下の顔と贅肉のたるんだ身体が映り、悪役ですら、出演できないほどの野獣であった。 面倒くさいが、必要最低限の生活をするために歯と髭を切り、またゲームの世界に溶け込み、野獣は野獣らしい様相に変わった。 ちょうど、いま流行のガンシューティングゲームをすることにした。そのゲームの中で、あまり見慣れない、変わりのアバターが相手に現れた。聖者のようなアバターで、私は、戦闘ゲームでいい子ぶったプレイヤーを真っ先に標的にすることにしている。 この聖者をターゲットにし、ゲームは始まったが、聖者の動きはプロのそれと等しい動きをしていた。 これほどの動きをするのだから、有名なプレイヤーもしくは、チーターであるだろうと予想しつつ、隙あらばキルを狙う。「ここだ。」と思って撃った球はものの見事に躱されて、「やばい隙を作った。やられる。」と、思ったが、不思議なことにこの聖者は銃を撃ってこない。 私は敵ながら気になって、この聖者との戦闘を辞め、無防備に近づいてみたが、一向に撃つ気配がない。 かといって、煽ってくるようなプレイでもしない。すると、聖者はジェスチャーで「おいで」というポーズをして後ろを向いて着いてくるよう促した。 わたしも、この聖者も無防備で、いつでもキルできるだろうが、少しばかり胸を踊らせている自分に気がついた。正直、毎日繰り返される永遠の戦闘に私は辟易としていたのだ。それと、臆病な自尊心と尊大な羞恥心から抜け出す期待感をこの聖者から見出そうとしていたのかもしれない。 聖者は、自分のアジトを創っていたらしく、周りから見られないように隠し通路を通り、アバターの人間サイズくらいの地下に入り込み、下りの階段が数段あり、その奥に突き当たり扉があった。 聖者は、その扉に入って行きわたしも続いた。 そこには、古代神殿を彷彿とさせる、祭り事ができるだけの空間が広がっていた。全体的に暗く松明の光と、真ん中に人が数名すれ違えるほどの通路、その両脇には仏像を思い出させる瞑想した銅像が片方に5個あり、合計で10個ほどあった。 聖者は、前を歩いてさらに奥にある部屋へ案内しようとしていた。 シューティングゲームにしては、やけに創り込んでおりわたしの殺意はどこかに消えていた。 と言うのも、シューティングゲームをする人は、血に飢えたモンスターに思っていたからだ。 我先に殺すことを望み、殺されたら小さな赤子のように呻きを散らかし罵倒する。 そんな1人に私もなっているわけだが、このときだけは違った。 わたしは、そんな事を考えながら聖者についていくと、その部屋は何もなかった。ただ、真っ白い空間に二つ座れる場所があっただけだ。 座れるといっても、藁色の座布団が置いてあるだけだった。 聖者は、ジェスチャーで「ここ」と指差し、座るよう合図をし、聖者自身が一つの座布団に座って瞑想をしだした。 私は、「ゲームの世界で瞑想して何の意味があるか、分からなかったが、もしかしたら、新たな発見があるかもしれない」と思って、座って見ることにしたが、やはりなにも起きない。 ゲーム画面は、シュールな映像であった。 ただ、聖者と他プレイヤーが座っているだけのゲームであったら、誰も買わず、メーカーに批判が殺到するだろう。 「お金を払ってなんて退屈なゲームをさせるんだ。評価0。なんで、こんなゲームを制作側はOKして、お金がもらえると思ったのか、分からない」と、モンスターたちは制作側までも殺そうとする。私も、ゲームのレビューをしてクレームをつけ憂さ晴らしをしているから分かるのだ。 けど、このときは違った。この映像をみても不思議なことに憤りを感じず、むしろこの聖者から出る雰囲気に、私は落ち着きさえも感じていた。 レンジャーのポーズを友達にやってみたくなるように、とくに訳もなく、やってみたくなる事もある。 わたしは、気がつけば画面の中の瞑想のポーズを自分の部屋でやっていた。聖者のアバターの動きを真似たのだ。聖者は、背筋を伸ばし、目を閉じて呼吸をゆったりしていた。 いままで、瞑想など宗教家の言う戯言にしか思っていなかったが、実際にやってみると臆病な自尊心と尊大な羞恥心は消え、ただ平穏だった。平穏だったのだ。 目を開け画面をみると聖者は消えており、自分のアバターのみであった。私はゲームをし、聖者の部屋を出るとシューティングが行われていた。その部屋に戻ろうとしたが、それはできなかった。と、その時に、急に私はゲームをすることが馬鹿馬鹿しくなった。 かといって、なにか大きな変化を起こす気力もない。 ぽっかりと胸に穴が空いていた。穴は、自然と何かで埋め合わせようとする。 また、ゲームをして埋め合わせようとも思ったが、テレビをつけてみると、それが日曜日の朝の戦隊モノのゴレンジャーで、いつも通り勝っていた。 きょうが、日曜日の朝であることが分かり、平穏な私は急に散歩に出かけたくなった。 とくに、理由はないが外の空気を吸い、新たに現れたこの感情と向き合うことが必要なのだとなんとなく分かった。 半間と小さなクローゼットを開け、私の持ち合わせている情けない服に着替え、ダウンを羽織って、しおれた靴を履き、近くの公園に出かける。数十分歩き公園のベンチに座ると、猫と猫がむかい合い、双方の猫が尻尾を大きく膨らませ体の毛が逆立っていた。 低いうなり声で、首元目掛けて猫パンチを炸裂しあう。 弱者は、低い姿勢で身構え威嚇し、強者は、いつでも戦えるように睨みをきかせ、弱者が後退して猛ダッシュして、強者が少し追いかけ闘いは事なきを終えた。 家に戻り、時間の有る私はゲームをするか考えていたが、どうも触る気力が起きなかった。私は、聖者のことを知りたくなり、ネットで検索し、チャットに書き込みをしたが、やはりだれもその者を知らず、そもそもアバターの形式や神殿を創ることができないとわかった。 「私は、聖者と神殿の幻をみていたのだろうか?」 もやもやしたが考えても無駄であったので、もう一度そのゲームをやってみることにした。戦闘を数回行ってみたが、すこぶる調子が悪くすぐにキルされ敗戦してしまった。集中力が削がれ、私の頭は聖者と神殿のことで頭が埋まっていた。 ベットに寝そべり天上を見上げ、「これからどうしよう?あの聖者はなんだったろのか?」と、同じ思考が頭を巡る。 行き場をなくした私は、一つの勇気が生まれた。 その勇気は、臆病な自尊心と尊大な羞恥心を完全に消すためには十分なほどのものである。あの公園の猫ではできない、人間だけに与えられた知恵がある。 狂気をおびた勇気は、あの瞑想のあとの平穏に似ていた。そして、私は、 「電車がいいだろう。そうだ。電車がいい。」と、半ば衝動的に駅に向かい、乗りもしない電車と線路を1時間ほど見つめ合っていた。自分がみじん切りになっている姿が、ありありと浮かんだ。 「通過列車。線路の内側に入りください」と、アナウンスが流れると一歩前で出た。 周りを見ると他の人はスマホに夢中だ。私の動きなどみていない。臆病な自尊心と尊大な羞恥心を目の辺りにして彼らはどう思うだろう?この世界に棲む獣を目の辺りにするだろうか?戦隊モノのゴレンジャーの嘘に気づくだろうか? 覚悟は決まっていた。右から、ライトが見えた。妙に落ち着いている自分がおり、線路までもう一歩踏み込めば、人間だけに与えられた知恵を私は実行できるのだ。 と、踏み出したその時、右手が急に引っ張られ私はそのまま駅のホームの中心に倒れた。 尻もちを着く格好で、引っ張った人をみてみるとそこには、かつてテレビのなかでみた赤レンジャーの主人公が立っていた。 「大丈夫ですか?立てますか?」と当時テレビで流れていた声ではあったが、どこか枯れていたが、たしかにそれであった。 「私は、大丈夫です。あのあなたは、赤レンジャーでは?」と、命が助かったことよりの安堵と突然の出会いにおかしな文脈の言葉で聞いてしまった。いや、人とあまり喋っていないため、文脈がおかしいのかもしれない。 と、あらためて思ったが、そんなことを全く気にしていない様子で 「ええ、そうですが、いまではどこにでもいる人間です。世間は私のことなんてとうに忘れてますよ。」と、かつてのイケメンの雰囲気はあるものの、俳優として売れなかった苦痛が、顔の眉間に刻まれた皺から感じられる。 私はそんな彼をみて「ありがとう。お礼にその辺のカフェでも奢らせてください。」と、生命を救われた恩返しをしたくなったが、本音は彼の話を聞きたくなったのかもしれない。 さっきまで、人生を終わらせようとしていた自分からは想像もできない展開だが、そんな私を見て、彼はまるであのゲームの聖者のように狼狽えるわけでもなく、何かに取り憑かれるわけでもなく淡々と答えた。 「いいですよ。私も、あなたと一緒で、何度も線路に降りようか考えたことがありますから」と、彼は笑いながら言い、私は目を丸くしていた。 私の思考が追いついてくると、彼が同じことを考えていたから、私のすることがわかったのだろう。 と、推測ができ納得してしまった。 貧乏人のことをお金持ちの人は考えないように、自殺をしようとする人にしか自殺する人のことは分からない。 そんなことを考えながら、固く覆われたアスファルトを歩き、私と彼は、駅をでて近くのカフェに向かった。 小さいながらに感じの良いカフェに入り、私は少し戸惑っていた。 なぜなら、久しぶりに人と触れ合うため、何を話していいものか分からなかったからである。そんな私をみてか、彼は律儀な挨拶をした。 「私の本名は、赤司 純一といいます。いまは、ここのカフェのオーナーです。よろしく。」と、言っていた。 「えっ、それじゃ、あなたはいま店の経営者というわけですか?」私がたまたま選んだ場所にも関わらず、オーナーの店に入る偶然にびっくりした。慌てて、付け加えるように「私は、緑川 大地です。よろしく」と言った。 「まぁ、そんな大層な者でもありませんよ。」と、言い終えて彼は、私の目をじっと見て「どうして、線路に飛び込もうとしたのですか?」と聞いてきた。私は、また尊大な羞恥心に襲われたが、なぜか、この赤レンジャーには素直に話そうと思った。 その瞳は、なにか魅力的で包み込む力があった。 私は、素直な気持ちを話した。 「勇気が湧いたんです。臆病な自尊心と尊大な羞恥心を死として表現できる勇気が起きた」と、普通に考えれば、危ない犯罪者の思考のそれと同じであろう。 「そうですか。」と、訳ありげにかれは、私から目を逸らし外の人通りに目をやって 「私も、俳優のときは勇気で勝てると思っていたが、次の戦隊が現れてそいつがまた勝ち。また次に若い戦隊が現れ、すぐに抜かれる。役の枠は決まっており、わたしは、いつまでこの途方もない枠を探し続けるのだろうと思った。あるとき、線路を見て、何度も飛び込もうと思いましたよ。ジリ貧になって、借金をし、体も壊し、自分の顔や体型、声を恨み、親族は夢追いの馬鹿としかみない。人は冷酷で孤独だと思ってね。そこで、誰かに証明したく勇者として死を考えた。人は本当に勝手な生き物だ。自分にとって都合の良くないものは、まるでそこに存在することすら許さなくなる。」と、そこには、人生で体験した苦労と苦痛が滲んでいたが、私を全く責めるつもりも正そうとするわけもないようだ。 そんな彼をみて、私は共感してくれる同志ができたような気がした。 私は、sの感情から彼にこんな質問ができたのだと思う。 「俳優は諦めてカフェの店のオーナーになったのですか?」が、彼はその質問に答えず、雇っている店員にコーヒーをもう一杯頼んで 「きみももう一杯いかが?こだわりの無肥料・無農薬でできたコーヒー豆から作った、自慢のコーヒーだよ。」と、にっこりしていたが、そこにはどこか寂しさがあった。 「ぼくは、この一杯で十分です」と、言い終えると、雇われた女性の店員は一杯だけコーヒーをつくっていた。「彼女はとても、気が利くんだ」と、彼は女性の店員を褒めて、彼も彼女もにっこりしていた。 平日の昼過ぎということもあり、カフェの店内はわたしたち以外に客はおらず、女性店員も混ざり、色々な話をしていた。 そこから分かってきた話だが、女性店員は女優を目指しており、彼はいまは俳優の卵を支援していることが分かった。このカフェで、劇をたまにやるそうだ。 私と違って、彼はいまも赤レンジャーであった。 そこには人知れず地道なことを積み重ねたいまがある事がわかった。 彼の話はとても魅力的で、笑いも入れつつ真面目な顔になって話を進める。 「戦闘もののレンジャーや俳優の仕事は、見かけは確かに派手だがその裏にはNGがあって何度も側転を繰り返す。その最高の出来栄えだけを放送する。そこにどれだけの時間を費やしているかは人々は考えない。そして、出来たものをみて、満足しようとする。しかし、それでは時間の競争が起き、合理的に行おうとするが限界があって、最後は灰になっていく。目を見れば、死んだ俳優か、生きている俳優かわかり、その匂いは隠すことができない。なかには監督が、死臭を放ち狂気を帯び、それを作品にすることもある。その現場は、まさに地獄そのもの。しかし、それに人々は熱狂する。ある種のゲームのような争う中毒性がある。」と、彼は深い長い言葉をはなし、女性店員は何かを噛みしめるように聞いていた。 わたしは、そんな彼の言葉に共感するとともに、それでも俳優として生涯を終えることができない現実の厳しさをひしひしと感じた。 私は、そんな現実に黙り込んでいると、彼が「こんな偉そうなことを言ってるけど、ゲームが好きでね。ついつい、やりすぎてしまってサボったこともあるんだ。ほら、奥の部屋があるだろう?あそこは僕の特等席のゲーム室さ」と囲われた空間があった。 こんなに、できた人間にみえても、私と同じようにゲームをすることに親近感がうまれ、「見せてもらってもいいですか?」と、私は聞き、「いいよ。」とすんなり返事をして一室に入り、画面を見ると、あのシューティングゲームの聖者の部屋があった。 びっくりして、すぐに「この部屋は?」と聞くと「普通のプレイでは飽きてしまってね。面白そうな人を誘導して、どんな反応をするか見ているんだ。運営にバレたら潰されるだろうけど、そのギリギリでやるのが楽しくってね。人間観察に役立つんだよ。」と、面白がって話していた。 私は、さっきまで、この部屋にいたことを彼に話すか考えたが、やめた。 その部屋を見終えて、元の窓辺の席に戻ると、彼はまた話しだした。 「ここで働いてみないかい?平日はゆったりしているけど土日は結構忙しくてね。彼女も彼女で、女優に向ってオーディションや動画もアップしているみたいだから、君が入ってくれると助かるよ。緑って名前は、私の赤のサポート役の運命だろう?」と、冗談もいれて仕事に誘ってきた。 「忙しいときは、自分も働くから。」と、その表情にはかつての赤レンジャーの漲ったものがあり、私はとても楽しそうに思った。 3秒と迷わず私は「はい」と返事をした。どうなるか、わからないが、尊大な羞恥心を一歩、踏み出すことができた気がする。 彼と、土曜日に早速、働く約束をし、履歴書を持ってくるよう言われた。店を出たら夕暮れだった。ダウンコートを羽織るには少し暑く、寒い冬は過ぎたようだ。 赤レンジャーと桃レンジャーと緑レンジャーの新たなストーリーが始まった。 そこには、いままで感じたことのない平穏が、まだ流れていた。
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