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マッチングアプリで、初めて女の子に会う。
29歳。年齢=彼女いない歴。
一度でも彼女がいたという実績を20代のうちに残しておこうと思い
このアプリに登録をした。
所が現実はそう甘くない。
女性のいいね数は3桁が当たり前の中、俺は5未満。
お金だって安くない。
女性は無料なのだと思うと腹が立つことすらある。
やっとマッチングしたとしても、
数回やり取りを繰り返したら連絡が来なくなる。
最初は相手のことを分かってからご飯に誘うものだと思っていたが、
最近では先手必勝。
目の前から居なくなる前に誘う形へと作戦を変更した。
その甲斐あってか、3か月続けてやっと一人と会う約束が出来た。
やりとり回数12回。
出会って3日。
相手の名前はもかちゃん。21歳の女の子。
写真には猫耳やよくわからない丸とキラキラがいっぱいついた
加工しまくりの女の子が載っていた。
正直、アプリでの写真は9割が詐欺だと聞く。
なので、この人物がそのまま来ることは色々な意味でないだろう。
初めましての定型の挨拶から始まり、
その後に「お時間が合えばお茶にでも行きましょう!」と軽く挟んだら、
「喜んで!」と言われた。
あれよあれよという間に日付も決まり、
相手のことがよく分からないまま今日を迎えた。
正直、男性しかいない職場なのでリアルな女性に対する免疫は0だし、
共通の話題などもない中、何を話したら良いかも分からない。
彼女が出来たことのない俺にとっては、
自分が蒔いた種とはいえあまりにもハードルが高すぎる。
約束時間の15分前。心臓がバクバク言っているが、
ここまで来たらもうなるようになれだ。
数分前に「今日はこんな格好で行きます!」
と画像が送られていたので、それと似た格好の人を必死に探す。
約束の時間の1分前。女性がとことこと歩いてくる。
「まさるさんですか?」
マスクをしているが、間違いない。もかちゃんだ。
心の準備ができていないまま話しかけられたことにも驚いたが、
何より画像の女の子よりもかわいい子が来たことにびっくりした。
マスクを外したらまた印象が変わる可能性もあるが、
今のところは写真詐欺といってもいい意味の方で詐欺だ。
「出会えてよかったです~!今日はよろしくお願いします♪」
「あ、はいこちらこそ。」
何の気の利いた言葉も返せないコミュ障丸出しの返答。
しかし、彼女は終始明るく笑顔で話しかけてくれた。
若干もう好きになっていた。
こんな子と付き合えたらどれだけ自慢の彼女になることだろうか。
彼女との甘い日々を妄想しながら歩いていると、
予約していたカフェに着いた。
勿論デートなどしたことのない自分にはどんな場所が良いのか
分からないので彼女に尋ねた際に提案された場所だ。
ケーキと飲み物のセットで2500円ほどする。
最初聞いた時は高いと思ったが、
女の子と一緒じゃないと自分には一生行くことのない場所だと思い、
体験料込みの値段だと思うようにしている。
女子とカップルばかりの店内の中、
綺麗な店員さんに案内されて、少しふわふわの椅子に座る。
メニューを開くと確かに女の子が喜びそうなものばかりだった。
取りあえず俺は下から2番目に安いキウイのケーキセットを頼むと、
彼女は上から2番目に高い季節のフルーツケーキセットを頼んだ。
出てくるまで時間がかかるとのことだったので、
緊張でまた顔が少し強張る。
すると、彼女は俺の方を真っ直ぐと見つめながら、
改まった感じで話しかけて来た。
「そういえば、お仕事って何してるんでしたっけ?」
共通の話題や、話しやすい話題を選んでくれているのだろう。
こちらも回答に困ることはないし、
工場関連の仕事をしていることを伝えた。
「そうなんですね!私、事務系で働いてるんですけど、
バイトなのでお金が全くないんですよね!
工場系って安定してそうだし、男らしくてかっこいいです!」
彼女は拍手して満面の笑みでそう讃えてくれた。
俺は気分が良くなった。
確かにバイトだと時給換算なので休みが多ければその分収入も減るし、
若いうちは手取りも少ないだろう。
何より、男らしくてかっこいいと言われたのが嬉しかった。
その後、どんな仕事内容なのか。
休日は何をして過ごしているか。
有休はどんな時に使っているか。
ボーナスは何に使っているかなど、色々な話を振ってくれた。
どれも楽しそうに聞いてくれるので、
案外俺にはコミュ力があったのだと安心した。
一通り話し終えると、彼女がこういった。
「私、今月誕生日なんですけど、
金欠でどうしても欲しいものが買えないんです。」
「へぇ、どんなの?」
「○○のバッグと財布なんですけど、今の私には手が届かなくて…」
落胆した口から出た名前は、俺でも聞いたことのあるブランド名だ。
彼女は、とても物欲しそうな目でこちらを見ている。
まだ21歳の少女である。
良く分からないが、ブランドを持っていた方が偉いとか、
マウント合戦とか、女の子の中だとそういうのが色々とあることだろう。
彼女が目の前でボソッと
「私もみんなみたいに可愛いの欲しいなぁ」と呟いた。
よし、決めた。
俺は、後からトイレに行くフリをして
サプライズで買ってあげることにしたのである。
彼女の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
その流れで付き合えたりしないだろうか。
財力も男の魅力の一つだというし、あり得ない話ではない。
あーしたらどうしよう。こうなったらどうしよう。
完全に一人で違う世界に行っていると、
ようやくケーキが到着した。
思ったよりも小さいし、細くカットされているが、
見た目は映えるというやつなのだろう。
彼女も嬉しそうに写真を撮っている。
「美味しそうですね!」というので、
俺も「そうだね。」と返した。
そして、ひとしきり撮り終わって満足したのか、
マスクを外す。
唇は綺麗な口紅が塗られていて、肌は白くて綺麗だった。
詐欺じゃない。可愛い女の子と俺は今ケーキを食べようとしている。
初めての彼女になるかも知れない相手がこんなにも素敵な子で
俺は心の中でガッツポーズを何回も繰り返した。
紅茶を一口飲み、ケーキを頬張る。
俺も同じ順番で繰り返す。
「美味しい♪」と、細く切られたケーキを器用に綺麗に食べていく。
その様子を俺は満足げに見ていた。
あまりにも綺麗に口に運んでいくので、
不自然にならない程度にじーっと見つめてしまう。
しかし、俺は見つけてしまった。
スルーしていればよかったのだろうが、
どうしても気になってしまったのだ。
彼女の鼻から毛が出ていることに。
大きくて丸い目も、綺麗に整えられた髪の毛も、
綺麗な唇も、もうどれも脇役になり下がる。
話していると余計に見えてしまう。
その鼻毛が。
どうするべきか。言った方が良いのだろうか。
後から鏡をみて恥をかくのは彼女だ。
でも、こういうのは知らないふりをするのが正解なのではないか。
頭の中でもんもんと繰り返しては、
最早ケーキの味すらも分からなくなった。
気が付けば、彼女は「ごちそうさまでした!」と手を合わせている。
俺も真似をしてすぐに同じ様に命に感謝する。
どうしよう。伝えるにしても何て言えばいいんだろう。
こんなことになるとは思わなかった。
やっぱり言わないでおこう。
女の子はこういうことを言われたら、傷つくのかもしれない。
そっとしておこう。
そう思い、俺は伝票に手を伸ばした。
しかし、その手がぴたっと止まる。
・・・いや、違う。
目の前の女の子はもしかしたら、今日俺の彼女になるかも知れない子だ。
もしも今後このようなことが会った時に、
ずっと誤魔化して付き合っていくのか?
それを本当に付き合っていると言えるのだろうか。
彼女はこうして、写真を詐欺したりすることなく、
本当の自分で会いに来てくれたじゃないか。
だとしたら、その誠意には誠意で返すのが当たり前だ。
うん、と1つ小さく頷き、
椅子から立ち上がろうとしている彼女に、
伝票を持った手を耳にあて小声で伝えた。
「さっきからずっと気になってたんだけど、鼻毛出てるよ。
あと、今回は俺がここの会計もつけど、次回からは話し合おうね。」
きっと彼女は顔を赤らめて「ありがとう」というかなと思ったが、
予想は大きく外れた。
顔を赤らめるところまでは当たっていたが、
今まで見せたこともない様な表情で
「クソ野郎○ね。」と言ってそのまま去って行ってしまったのだ。
まさか正直に伝えただけなのにこんな嫌な気持ちになるとは思わずに、
一人取り残されたまま渋々会計をすませる。
その後どこに行ったのか分からず、アプリで連絡をしようとしたが
既にブロックされたいたようで会話が出来なくなっていた。
やはり、伝えるのはまだ早かっただろうか?
サプライズの後に言った方が良かったかもしれない。
女の子と言うのは本当に難しい。
とはいえ、今回で自分はそれなりにコミュニケーション力が
あったということが分かった。
これは良い発見だ。
彼女が出来る日も、そう遠くないだろう。
俺はきって貰った領収書をポケットに突っ込んで、
肩で風を切りながらその場を後にするのだった。
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