4人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
あれから数十分程歩き、目的地のやや開けた場所に到着した。展望スペース周辺の木々は一掃されており、街を一望できるようになっている。街中のどこかしこから光が漏れ出し、暗闇を彩る光の粉が散りばめられているような光景である。
防護柵の前で立ち止まり、私はただ遠い先の光の粒を見つめていた。横へちらりと視線を向けると、虚ろに遠い場所を眺める眼がそこにあった。この眼だ、彼女がいつもバスで窓の外を眺めているときの眼。我々が見ているものとはまた別のものを見ているようで、彼女の眼にはこの景色がどう映っているのか、気になる気持ちが募り始める。
軽く声をかけて視線をこちらの方へと向けさせる。
「は、はい?」
突然の呼びかけに少々動揺をしている様子だった。
「今は、何を見ていらしたのですか?」
「そうだね...。世界の色を、見ていたかな」
「色、ですか。というとどういう?」
「例えばあの長い柱状のタワー、あなたの眼には何色に映っていますか?」
彼女はあれあれ!と暗闇に指を指す。
ああ、あの紫と白色にライトアップされている遊園地かなんかのタワーのことか。何色...か、中々難しい質問を投げてくるな。いや、今の私には難しい話ではないか。
「私の眼には、灰色に映っている...かな」
「貴方もそうなんですね、良かった。だったら私たち、お仲間さんですね」
そうか、彼女も会社で上手いこといっていないと言っていたな。私と似たようなタイプの人間だったか。なんだかそう思うと余計に親近感が湧いてくる。
彼女は顔に笑みを浮かべて私の方へと視線を向け、それに答えるように柄にもないような笑みを彼女に向け返す。
世界が冷たく、灰色に映る眼であったが、彼女の向ける笑顔には暖かさと微かな彩を感じたような気がした。
背後の暗闇からエンジン音と2つの眩しい光が徐々にこちらへと迫ってくる。車上の見慣れたマークとLEDディスプレイに予約と表示されていることから、タクシーであることは間違いないだろう。
暗闇から現れた車は私たちの前で停車し、運転手が窓を開けて声をかける。名前確認を済ませて彼女、私の順で後部座席に乗り込み、自動で扉が閉められた。
最初のコメントを投稿しよう!