無彩色な世界

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無彩色な世界

 対向車のヘッドライトが尾を引き、夜の薄暗い街に無数の線を描く。窓の外で行き交う人々、高層ビルの多くのフロアからこぼれ出る社畜の血と涙の明かり。そんな色の無い世界をただぼーっと眺め、低いエンジン音が鳴り響くこの車内で揺られながら目的地に到着するのを待つ。  このバスは終電一本前。当然ながら皆終電を逃すと帰宅する手段を失う。タクシーを捕まえて帰宅するという手段もあるが、バスに比べて高すぎる出費。故に社畜たちは意地でもこのバスに乗り込もうとする。車内は想定乗車人口を遥かに超え、立っている人は肩身を自由に動かせない程圧迫された空間に居ることを強いられる。私はと言うと始発駅から乗車している為、窓側の席に座ることができているのだ。始発駅ではそこまで乗車客はおらず、道中のJR駅前の停留所で多くの人が乗り込んでくる。  辺りの人間を見渡すと、皆がスマホを片手に持ち、顔を下に向けてスマホに意識を集中させている。スマホとやらがそこまで熱中してしまう程面白いものだとは私には到底思えない。だが今時こうして窓の外を眺めている人間の方が少数派なのだ。  私の前方に座る彼女もその少数派のひとり、彼女も私と同じように毎日ただぼーっと窓の外を眺めている。黒髪ロングでやや幼い顔つき、20代後半くらいの年齢であると推測できる。根拠は?って、そんなの勘だ。  彼女とは帰宅時間と始発駅が一致しており、平日の帰宅時にはいつも同じバスになる。私と彼女には定位置があり、私が前から5列目の窓側席、彼女はその前の席に毎日座る。だがこれまで一度も話なんてしたことは無い。ただ私が一方的に彼女の存在を意識しているだけなのだ。  彼女の眼には世界がどう映っているのだろうか。私と違って、世界が色づいて見えているのだろうか。毎日彼女の姿を見て、私はそんな疑問を浮かばせていた。  独り暮らしの独身、30代後半とそろそろ中年に差し掛かる年齢、パワハラ、モラハラは当たり前の嫌気のさすような職場環境。この要素全てを兼ね備えた灰色の人生を歩んでいるのが私だ。  私の眼に映るもの全てに色を感じない。暖かさを感じない。  そんな無彩色な世界をただぼーっと意味もなく眺めて、この退屈なバスの時間を過ごすのだった。 『次は、東九条、東九条~、御降りの方は...』  頭上のスピーカーから機械音声で定型文が読み上げられる。  あと6つ先...20分程度といったところか。  なんだか今日はいつもより疲れが溜まっているようだ。途端に瞼が重くなってきた。ちょっとだけ...10分だけ...  重すぎる瞼に抗うすべもなく、ゆっくりと深い闇に沈んでいく──
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