無彩色な世界

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 煩く鳴り響く低いエンジン音と身体を小刻みに揺さぶる振動に目を覚ます。窓の外に目をやると、そこには見慣れない景色が広がっている。幾台ものバスがこのバスの周囲に停車しており、自分の置かれている状況を何となく察した。  そうか、私はやってしまったのか。数十年とこの生活を続けているが、寝過ごしてここに来たのは初めてだ。  エンジンはまだかかっている、暖房もついている。ということはまだ運転手はこのバスから離れていない。前の方に目をやると、何かチカチカとフラッシュのような光が運転席の方から発されていた。  良かった、幸いまだ運転手はバスを離れず運転席にいる。事情を話してどうにかしてもらえないだろうか。そんな淡い期待を抱きながら席を立ちあがり、運転手の元へと向かおうと通路に立つ。  ふと彼女の座っていた前方の席に視線を向ける。...いや、座っていたではない。座っている、だな。なんということか、私と同じ状況に置かれた人間がもうひとりいるとは。  彼女は二人掛けの席に身を倒し、寝息を立てて寝ていた。どうりでさっき後ろから見えなかった訳だ。  これは...どうなんだ。私が起こした方が良いのか?  多少葛藤はしながらも、右手をそうろっと彼女の肩付近に伸ばし、軽く揺すった。 「あのー、すみません。ここもう終着点ですよ」  終着点でもないか、ここはもう車庫だな。言葉を発した後に気が付いて、自身の中だけで訂正をした。 「うーん、おはよう? ここはどこ?」  彼女は私の顔を見て、第一声に「おはよう」と言ってきた。ここまで綺麗に寝ぼける人は初めてだ。少量の鼻息と共に、私の口角が無意識に上がったのを感じた。 「おはようござい...ます? ここはバスの車庫ですね。私たちどうやら寝過ごしちゃったみたいです」  彼女は私の寝起き時と同様、窓の外をきょろきょろと見渡す。幾台ものバス、見覚えのない場所を見て、自身の置かれている状況を理解した様だった。 「みたい...ですね、あはは。どうしよ、どうやって帰ろうか」  彼女もようやく私と同じスタートラインに立った。 「あれ、お客さん。まだ乗ってたんですか!?」  運転席の方から低い声が聞こえてきた。消えていた車内の照明がパチッというスイッチ音の後に眩しく光り出す。目が順応するのに数秒、薄暗くてしっかりとは認識できなかった彼女の顔、そして運転手のおっちゃんの顔が露わになった。  彼女の意外な顔つきからやや固まってしまったが、私は慌てて運転手のおっちゃんに言葉を返す。 「すみません、私たち寝過ごしてしまったみたいで」  思ってたより幼い感じではなかったな。  その後運転手のおっちゃんと話をし、タクシーを呼んで帰ることになった。この時間、この場所となるとここまで来てくれるタクシーは限られるそうだ。送迎可能なタクシーの電話番号をおっちゃんから聞き、私たちはバスを降り、車庫を後にした。
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