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冴えないボクに恩返しハーレム化計画大大作戦
なっ!
ななっ、なんとっ!
―― 可愛らしい白狐が
僕の元に
まさか、
まさかの
恩返しにやって来た! ――
♡♡♡
一人暮らしの僕。
休日の土曜日は、1Kの部屋でのんびりと寛ぎながらテレビを見たり、読書に耽っていた。
ずっと一人は寂しく暇だ。没頭出来る趣味で、僕は寂しさに蓋をする。
そんな時にはミステリー小説はうってつけだ。没頭して世界に入り込み夢中になって読むうちに、時間が過ぎていく。
一人の時間。
自由だが、孤独さは時として僕の心を蝕んでいく。
氷の塊のような空気がまとう孤独さには、時々耐え難い寂しさの苦痛が僕を襲うんだ。
午後3時頃、アパートの部屋のチャイムがピンポーンと鳴って、ドアを開けると白い狐の姿があった。
シュッとした体躯に、高貴な雰囲気すら漂う白い狐が、にこにこ笑いながら後ろ足で立っている。
純白の美しい毛並み、つぶらな瞳に、モフモフの尻尾をぶんぶんと揺らして。
耳の先端は少し銀色がかっていて、ピョコピョコ揺れている。
見た目は愛くるしい狐だ。
そう、狐が訪ねてきた。
「こんにちはぁー! 先日はどうも、どうも。ありがとうございました」
「はあ、どうも」
うそだろ、喋ってる。喋る狐だ……。
「ワタクシ、名前を『コーン』と申します。この間は貴方様には大変にお世話になりましたので、恩返しに参りました。二つほど、ワタクシに出来る範囲内のお望みを叶えて差し上げましょう」
お喋りは止まらない。
目の前の白狐コーンは、べらべらと一方的に、喋る、喋る。
白狐コーンはひととおりまくし立て勢いづきながら話していたんだけれど、それがようやく話し終えたみたい。
やっと黙ったのでちょっとホッとした。
僕は怒涛の如く話すに気圧されていたが、なんとか気持ちを立て直した。
「あっ、そういうの僕はいいんで。結構ですので。お帰り下さい」
僕が慌ててドアを閉めようとしたら、するりと白狐コーンは部屋に上がり込んできた。
なんて素早しっこいんだ。
「ワタクシ、これでも魔法が使える特別で素晴らしく高貴な狐なんです。あの日、畑のそばで怪我をして倒れてたところを助けてくれた優しい彰さん!
どうしても貴方様に、ワタクシはそうっ! なんとしても、是非とも! お礼がしたいのですっ! 恩返しがしたいんです。一大決心をしてこちらにやって参りました。お礼をして喜んでいただくまでは、故郷の魔法狐の国に帰れませんからね」
「うーん、でもさ二つなんでしょ? 二つも思いつくかな。自分でいうのもなんだけど無欲っていうか、諦めてるからか、あんまり欲しいものとかないんだよね。今、君に叶えてもらいたいことが浮かばないな」
「はい、二つほどですから、じっくりお考え下さい。もっと叶えて差し上げたいんですけどね、魔法ってねぇ、体力使うものですから疲れちゃうの。」
「はあ、そうですか」
もう、こうなっては仕方がない。
僕は部屋に上がりこんだ強引な白狐コーンを、しばらく見つめて考えた。
悪い狐かどうか吟味したというか、なにかしでかさないか見張るという気持ちでだ。
勝手に部屋のなかを触ったり余計なことをしないでくれよ。
「あっ、そういえばですね、命の恩人様のお家にお邪魔するにあたり、心ばかりのお土産をお持ちしたのです」
そういうと、目の前にエコバッグがポンッと煙を立てながら現れた。
「すっ、すごい! 魔法なの?」
「ふふーん。そうでしょ、そうでしょう。すごいでしょう? ワタクシなにしろデキル狐なので」
二頭身の狐のイラストの書かれたエコバッグに手を突っ込むと、タッパーを一つ、二つ、三つと取り出し、テーブルに広げて並べた。
「さぁさ、召し上がれ。ワタクシが狐の国の定食屋のオババ様と一緒に作りました特製のいなり寿司でございます。五目いなりに、黒糖いなり、炒り卵そぼろ入りいなりに、きなこ餅入りいなり、そばいなり寿司などなどの変わり種もご用意いたしました。アイディア満載でしょう? 味も保証いたします。ワタクシ一人で作ったのではないので」
ちょっと最後の方が気になったけど、おいなりさんはすごく美味しそうだ。
「いただきま〜す」
ぱくっと一口食べた炒り卵そぼろ入りいなり寿司は、抜群に美味しい。
「美味いよ、これ。初めて食べたよ。卵そぼろ入りなんて」
「良かったです。さぁさ、渋めのお茶も淹れましたよ。たくさん食べて下さいね」
久しぶりに手作りのご飯を食べている。
今日は朝にシーフード味のカップラーメンを食べたきりだったな。
そういや昼ごはん、食べ忘れてる。
引きこもりでカロリーを消費しないし、寂しさにとらわれて、時間感覚も空腹さを感じること、鈍っていた。
僕は胸に込み上がるものがあった。
願い事って、ほんと何が良いだろう?
早く恩返しを済ませてもらって、この白狐コーンにはとっとと帰ってもらいたい。
さっきまではそう思っていたのだけれど。
今は、コーンがうざったく思えない。
出会ってたった数時間なのに、心を許して、受け入れている。
白狐コーンが帰っちゃったら、友達のたった一人すらいない僕はまた一人だ。
だったら!
そうだ――!
かつては毎日のように願っていたある願いが頭をよぎる。
そうすれば、その願いを叶えてもらえれば、僕は一人ぼっちから抜け出せる。
こんか寂しい思いはもう味あわなくてすむんだ。きっとそう。
かすめていったのは、もしかしたらと言う小さじ一杯ほどの期待。
僕は照れくさいながらも口にした。
「か、彼女が欲しいかな〜。こんな僕でもちゃんと一途に好きになってくれる彼女が良いな」
「フフッ。フフフッ」
白狐コーンがまなじりを下げ、にやにやウフフッと僕を馬鹿にしたように笑う。
前足を口元に当てて、さらにくすくす笑う。
「くすくすっ。ウフフッ。フフッ」
「わっ、笑ったな〜。だから願うのも考えるのもやめてたのに。どうせ、僕みたいな『冴えないモテない地味な男子』に彼女なんて高望み、彼女を作るなんて高嶺の花、分不相応だと思ってるんだろう? コーンも僕を馬鹿にしてるんだ!」
「い〜え、とんでもございません。馬鹿になどしていませんよ。ただただ欲が無いなと思いまして。魔法使いになりたいとか大金持ちとか、王様になりたいとかではないんですね。彰さんは心優しいお方。たくさんの女子とラブコメ化してハーレム展開でモッテモテでウハウハな人生などいかがでしょうか?」
「いや、一人で良いっ! 面倒くさいだろうが! 彼女が何人もいたら誕生日を覚えるのもプレゼントをあげるのも大変だ。……って、おいっ!! 今、何をしたー!?」
白狐コーンはアパートの部屋の窓を開けて、コーンの手の平(正確には足の裏?)に、いつの間にかこんもり山盛りのった黄金色に輝く種を「フゥーッ!」と吹いた。
僕は慌てて止めようとしたけど、時既に遅し。
北風がピューピュー種を吹き飛ばしていった。
強い風は僕の部屋の中にも入り込む。
さ、さみぃ。
「すぐにあの種は拡散して、今夜にも花が咲きますよ〜」
「何の種なのっ?」
「彰さんの彼女になりたくなる匂いを発生させる花が咲くんです」
「はあぁぁぁっ!?」
「花の名前は『あなたに夢中花』。今、ワタクシがつけましたけど。これはもう、明日が楽しみですね。ささっ、早く寝ましょう。寝たらすぐに明日になります」
「やめてくれっ! 不安しかないよ。今すぐ……やめてく……れ」
なんだ? なんだ? どうしたんだろう?
急に眠気が……。
抗えないほど強い睡魔が襲って来る。
僕は白狐コーンの魔法の力で深い眠りについていた。
◇◆◇◆◇
んっ? なんだろう?
さわさわと肌に感じる。
顔がすごく痒い?
モゾモゾする。フワフワ。モゾモゾモゾ。
あううっ、顔だけじゃない、くすぐったいような、気持ち良いような。
あったかい……。
あったかくて気持ちいい。
……いや、だんだんと暑くなってきた気がする。
うっ、暑い!
なんだよ、どいてくれぇ。
僕になにか柔らかいものが覆いかぶさっている。
「ひゃあっ!」
ざらざらした何かが僕の顔や足や腕を一斉にペロッと舐め始めた。
恐る恐る僕は目を開けた。
「うわぁぁ――」
僕の部屋に何十匹ものモフモフ狐がいるぅ。
僕は狐たちに埋もれて、体を起こすことすらままならない。
「コーン! コーンはどこにいるの?」
「ワタシはここですよ〜」
面倒くさそうな声がした。
僕の顔のすぐ横に白狐コーンは丸くなっていた。
「まさか、ハーレムって狐のハーレム?」
「えへっ。狐じゃ駄目でした? 一応は女狐が集まってる筈ですけど」
モフモフ狐たちは、僕の部屋で好き勝手に暴れたりじゃれたりし始めている。
てんやわんやの大騒ぎだ。
「騒がしいっ……。ご近所に怒られちゃうよ。皆さんには、今すぐ帰っていただいて!」
「ふぁ〜い」
白狐コーンは欠伸をしながら、器用に返事をした。
ぱんっと、白狐コーンが両手を打つと狐たちは、たちまち居なくなった。
狐の皆様は瞬時に消えたけど、部屋は荒れ放題だ。
「ごめんなさい」
白狐コーンは思いのほかシュンとしていた。
僕の目に映る、コーンのその落ち込んだ姿。ちょっと可哀想になっていた。
「ううん、良いよ良いよ。気持ちだけで嬉しいから」
僕はリビングの小さなちゃぶ台を白狐コーンと囲んだ。
「約束だから。二つ願いを叶えてもらったし、もう帰る?」
「えっ……」
「ふふっ。楽しかった。僕は一人暮らしだし、学校でもあんまり友達が居ないんだ。君が遊びに来てくれて楽しかったよ」
白狐コーンは瞳をうるうるさせて僕を見つめてる。
子犬や子猫を見た時みたいに、胸がキューンとなる。
「ワタクシ、実は高貴な狐じゃなくて、落ちこぼれなんです」
ごめん。それは、なんとなく気づいていたよ。
僕と似ている気がした。
ちょっと親近感が湧いてしまっていたもの。
僕は曖昧な顔をしながら、コーンに向かってまっすぐ瞳を見て頷いた。
はっきり言えば、僕はコーンに同情していたからだ。
だって、僕には自慢出来る特技は無い。冴えないしモテないし地味男子だ。自覚している。
ぞういう劣等感は身に沁みている。
だから白狐コーンの気持ちがよく分かる気がした。
「落ちこぼれなんて、コーンにだって良いところがあるよ」
「ホントですかっ!? どこです? どこ? どこ?」
期待を込めた顔でぐいぐい迫ってくる白狐コーンにたじろぎながら、僕は精一杯答えた。
「可愛いところっ!」
「きゃっ!」
白狐コーンは恥ずかしそうに両手(正確には前足?)で顔を隠した。身をよじりながらモジモジしている。
これはなんだかコーンの可愛さにきゅんっとなるな。
ふふっ。
僕は白狐コーンを見てると、構いたくなってきた。
家がマンションで犬や猫を飼ってみたかったけど飼えなかった。僕はうさぎやハムスターも、毛がモフモフした動物は大好きだ。
もちろん、きつねだって。
今まで近くで接する機会なんて無かったけど。
「じゃあ、いっそワタシで良くないですか?」
「えっ? 何が?」
パンッパンッと白狐コーンが両手を二回叩くと、どこからともなく白い煙がもくもくと現れ、次から次へと出て来てコーンの全身を包んだ。
部屋中、真っ白けっけだ。
なーんも見えない!
「コーン? コーン? どこにいるの? 何これっ! 何なの? この煙は! お〜い、コーン。大丈夫か〜い?」
ぼわゎゎゎん……。
やがてほわほわな煙がすーっと消える。
中から、めちゃくちゃ美人の女の子が現れた!
「ワタクシですよ。コーンです」
「えっ!?」
その女の子のすらりとした体つき、凛とした佇まい。
サラサラと美しい銀髪がふんわりっと揺れた。照れて微笑んで、ほんのりピンクに染まる頬。
目鼻立ちのハッキリとした美しい顔に、僕は呆けたように見惚れていた。
彼女は、瞳に力強い魅力を称えてる。
「君、君がコーンなの? えっ? 女の子?」
「あれ? 言いませんでしたっけ? ワタクシ、雌です」
ガツッ! 一発パンチをくらったかのような衝撃を受ける。
「うふふっ。彰さんさえ良かったら、どうぞワタクシを彼女にしてくださぁい」
「いや、その……」
「ワタシ、彰さんと同じ学校に行きたいなぁ」
「だーめーだー。うちは女子より男子の方が人数が断然多いんだから。君をあの野蛮な狼連中に見せるわけにはいかない」
僕を見つめて、白狐コーンは嬉しそうに赤くなりながらニコニコと笑っている。
「彰さんは、ワタクシを大切に思ってくれてるんですね?」
「いや、あの、種族が違うわけだし」
「ワタクシ、魔法の修行を頑張って、いっぱいいっぱい練習してちゃんと人間になりますから!」
なっ、なんだか変な方向に話がいっている気がするけど、まぁ楽しいから良いか。
「でもハーレムは?」
僕が意地悪く聞いてみると、白狐コーンはむくれてる。
「夢中花の種はもう蒔かないですっ」
どうやら僕はこれから、暇とは無縁の生活を送ることになりそうだ。
おしまい♪
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