第二章:鬼の哭く街

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「さあ、こちらですどうぞ」  ヒビキに案内されて奥の間へ進む。古道具屋だけあって、店の奥につながる通路にも物置用のスペースがあり、様々な品物が所狭しと並べられている。年代物の槍や刀、木彫りの仏像から農道具まで様々な商品が埃をかぶっておかれていた。  その様々な商品の中でも、刀置台に置かれていた漆黒の刀とその上に飾られている鬼の面が、ひときわ異彩を放っている。そのまがまがしさにユキジとツクネも思わず足を止めた。 「これは?」  ユキジが刀を指さして尋ねる。 「ああ、一カ月ほど前に仕入れたんだけど、何でもいわくつきだとか言っていたけど、とりあえず買い手がないからか飾ってあるんだ」 「こっちは哭き鬼やな」  横からツクネが鬼の面を指して言う。 「哭き鬼?」 「ああ、このあたりに伝わる風習さ。妖怪から街を守っていた若者が、戦いの中でしまいには自分自身が鬼になってしまい、泪を浮かべて自分の守った街を出ていくって話。このあたりじゃ童でも知っている話だよ」 「確かそこからこのあたりじゃ哭き鬼の面を魔除け代わりに飾るんやったな?」 「ええ、そうです。さあ、古道具を見るなら後にして奥の畳でくつろいでください」  そういってヒビキに案内された部屋で腰を下ろす。しばらくするとヒビキがお茶を入れてきてくれて、ユキジはヤシロのことやこれまでの旅のことを話した。ツクネと出会い、村を襲う蛇妖を退治したくだりになると横からツクネもちょくちょく話に割って入る。ヒビキはさすがにヤシロの話には驚いた様子だった。しかし、その後はしっかりとユキジやツクネの話を聞き入り、時には励ます。三人が話し込んでいる間にすっかり日暮れ時となった。 「ずいぶん大変だったんだな、ユキジ。でも、心配する必要はないぞ、あのヤシロ先生がそう簡単に妖怪なんぞにやられたりするもんか……だから、ユキジ、お前があんまり無理すんじゃないぞ」 「ええ、ヒビキさん、ありがとうございます」 「へえー、ユキちゃんのおとんはそないに強かったの?」  横からツクネが割って入ってヒビキに聞く。 「ええ、強いなんてもんじゃなかったです。強く……そして厳しいながらも優しかった。僕もできることならあんな風になりたかった。人のために戦って、多くの人を助けて……」 「……ヒビキさん」 「……でも結局、僕は剣術には向いていなくて、父の危篤の知らせを受けてこの街に戻ってからはこうやって古道具屋の一主人として生きている。せっかくのヤシロ先生の教えを何一つ活かせていない」  ヒビキはため息をつくように言った。きっと今の生き方に少しの後悔あるのだろう。 「そんなことないですよ。父は常々言っていました。剣が強いことより、心の強さの方が大事だって!ヒビキさんは誰よりも優しかった。ヒビキさんは立派に父の教えを守っていますよ」 「……心の強さか」 「……え?」 「いや、何でもない。それより二人は今日の宿は決まっているのかい? もうすぐ日も落ちる。もしよかったら今日はうちに泊まっていきなさい」 「えっ! ええん。ユキちゃんそうさせてもらお! これでまたおかねが浮くやん!」  ツクネは嬉しそうにユキジに言った。さっきまで怒っていたくせに本当にげんきんな人だ。 「もう、ツクネさんはすぐおかねのことですね。ヒビキさん、本当にいいんですか?」 「いやいや、遠慮することないよ。こちらとしては大歓迎だ。それに最近この街では辻斬りがはやっているらしいからね。あまり夜に出歩かない方がいい」 「辻斬り?」  ユキジとツクネは顔を見合わす。 「ああ、この数カ月よく出るらしい。ただ……」 「ただ?」 「斬られるのは悪党ばかりなんだ。悪徳高利貸しや強盗、やくざ者なんかばかり狙われているらしい」 「なんや、世直しのつもりかいな。本人は正義ぶってるんやろな」 「いくら悪人とはいえ、人を斬って正義なはずがありません」  ユキジは本気で憤った感じで言った。曲がったことが許せない性格だ。 「……そうだな」 ユキジの様子にヒビキは少しうかなそうに答えた。 「とにかく用心するに越したことはない。夜はできるだけ出歩かないようにな。さあ、お腹もすいたろう。ご飯にしよう」  ヒビキの言葉にツクネは待ってましたとばかりに声をあげる。ユキジはヒビキの様子が一瞬気にかかったが、すでにヒビキは昔のまま優しい兄弟子の姿を見せていた。    ヒビキの勧めでユキジとツクネは古道具屋の奥の間で一夜を過ごすこととなった。まだ若くて体力が有り余っているとはいえここ連日の野宿が答えたのだろう、ツクネはよくわからない道具の手入れをまだ行っていたが、ユキジは久々の布団の感触にすぐまどろみを覚えたのだった。そして、夜は更けていった。
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