第一章:蛇喰の村

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「嬢ちゃん、となり座り。まあまあ、遠慮せんと! 何? 遠慮はしてないって? もう、細かいことは気にしな」 「……」  パタパタと境内の隣の埃を手で払ってきれいにしてやり、ツクネは無理やりカリンの手を引っ張ろうとする。カリンはまだ警戒を解かない。 「何や若いのに景気の悪い顔をして! まあ、とりあえず座ろ! 取引はそれからや」 「取引?」 「はいはい、話聞く気になったんやったら座る」  ツクネが笑顔で言う。フンっとそっぽを向きながらもカリンはツクネの隣に座る。夜更けの神社の境内、それも泥棒が二人並んで座っている姿もおかしなものだ。ツクネの独特なペースにいつの間にかカリンも乗せられてしまっている。 「うちはツクネ。嬢ちゃん、名前は?」 「……早くその珠をよこせ」 「何や! 愛想悪いなぁ……一応この珠はうちが先にもらったんやからね。そら、見られたからには口止め料ぐらいは払うけど、これごと渡せはめちゃめちゃやわ。このお宝のうわさ聞いてうちははるばるこの村まで来たんやからね」  ツクネは両手で宝珠を握り締め、それをカリンから遠ざけるそぶりをみせた。力ずくで宝珠を奪うことはカリンにとっては簡単だ。しかし、なぜかそれをカリンはする気になれなかった。 「……はるばる来たのはアタシも同じだ」  カリンの言葉にツクネはちょっと考える。 「じゃあ、これでどう!」  ツクネは怪しげな荷物が満載の籠から首の据わっていない少し不気味な人形を取り出してカリンの前に差し出す。 「はるか海の向こうの異国から伝わったっていう、まりおねっとのふらんそわチャン! うちの宝物や。これを口止め料がわりにあげるわ! どや? これ以上ない破格の条件やろ?」 「……」  本気で思っているのだろうか? ツクネはいたって真剣なのだがカリンにはそれが伝わらない。ただ、目の前にいるこの女性は自分が今まで目にしてきた人間のどの分類にも属さないことだけは伝わった。 「あっ! 何やその顔、しょーもないと思ったやろ? ふふん、ちょっと見ててみいや」  そういってツクネがそのふらんそわチャンから伸びる糸を操ると、まるで生きているように動き出す。それだけじゃない。 「私、ふらんそわ。仲良くしてね!」  人形がしゃべりだす。人形から伸びている糸をみてその糸で人形を操れることはある程度予想はついていたが声まで出したことにはさすがにカリンも驚いた。 「どうなってる?」 「どうやら驚いたようやな」  やっとカリンが食いついてきてツクネは少し得意げだ。香具師のはしくれ、子どもの気も引けないようではやってられない。実はただの腹話術なのだが、ツクネにかかると本当に人形がしゃべりだしたように聞こえる。 「この人形には魂があって自分の意思でしゃべりだすんや……って、おい!」  ツクネの説明を無視してカリンはふらんそわチャンを勝手にとっていじりだす。そんなカリンを怒ろうしたツクネだが、夢中になって人形をいじっているカリンをみてそんな気もなくなった。  ひょいと境内から飛び降りると、ツクネは籠を肩に掛けそれじゃとそこから去ろうとする。宝珠を持って去ろうとするツクネに気づき、カリンが「待て」と声をかけようとしたときだった。  ツクネは前方の何かに気づき歩みをとめる。そして、籠からすばやく南京玉簾のような道具を出し、両手で振るとそれは大きな橋のようにアーチを描き、前方に伸びた。戦闘態勢だ。
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