第一章:蛇喰の村

14/21
前へ
/124ページ
次へ
 遠くでぼんやりと呼ぶ声がする。どこかで聞いたことのある声だ。誰だっけ? ……はっきりとしない意識の中で考えてみる。そういや何をしていたんやっけ? 神社に行って……女の子がいて‼ 「嬢ちゃん‼ ……っ‼」  ツクネはがばっと起き上がったが、まだ頭の奥が痛い。だがその痛みで意識も少しはっきりしてきた。そこで誰かに抱きかかえられていることにも気づく。 「……ユキちゃん?」  ツクネを抱きかかえていたのはユキジだった。ゲンタと神社に向かったユキジは境内の前で倒れていたツクネを見つけた。幸い呼吸等は正常だったので、様子をみていたところにツクネの意識が回復した。 「ツクネさん! 大丈夫ですか? ……いったい何が?」  ユキジの問いかけにツクネが答えるより早く、境内の中から慌ててゲンタが飛び出してきた。 「ユキ姉ちゃん大変だ! やっぱり宝珠がなくなっている!」 「‼」 「結界が消えちゃったのもきっとそのせいだ! 蛇喰たちに違いないよ」  ユキジとゲンタの話を聞きながらツクネはぼんやりとカリンのことを考えていた。最後にみせた少し悲しそうな顔。香具師は人を笑わして、幸せにしてなんぼや……ツクネの中で一つの決心が固まった。 「妖怪や……刀持ったんがわんさかと太った蛙か蛇みたいな妖怪。それから……嬢ちゃん。そいつらがお宝を持っててもうた」  ツクネの言葉にユキジとゲンタは顔を見合す。 「やっぱり蛇喰だ!」 「それと、あいつ」  ユキジは蛇喰との戦いに割って入った少女の顔を思い浮かべる。ユキジは同時にもう一匹の蛇喰のことも思い出していた。 「ツクネさん、蛇みたいな妖怪は一匹だけでしたか?」 「えっ?」 「大柄の奴以外に、もう一匹細身の蛇妖もいませんでしたか?」  ユキジの質問にツクネは少し考える。あのときの状況を思い返してみるがそんな妖怪は思い当たらない。 「……いや、いなかったはずや」 その言葉にほっとしたような表情をみせたユキジはゲンタの方に振り返る。 「よし! ゲンタまだ間に合うかもしれない」 「⁉」 「宝珠はきっとあの細身の蛇妖のところに届けられる。結界がなくなっても少なくとも村を襲うのはいったんアジトに戻ってからだ。そこを叩こう!」 「そうか!! ユキ姉ちゃん、急ごう。おいらの知ってる近道からなら、もしかしたら蛇喰たちに追いつけるかも」  ゲンタの表情が少し明るくなる。 「……なあ、うちもつれてってな」  二人の話を横で聞いていたツクネが入ってきた。いつの間にか元通り怪しげな籠も背中に背負っている。 「……ツクネさん、その体調じゃ」 「大丈夫! もう意識もはっきりしとるし、さっきは油断してもーたけど足手まといにはならんつもりや。それに……」  そこでツクネは言葉を飲み込む。 「……それに?」 「いや、何でもない。とにかくあかん言われてもうちはついていくで!」  ユキジのことをじっと見るツクネ。その瞳には揺るぎない確かな意志が宿っていた。これ以上は無駄だと悟ったユキジはだまってうなずく。横のゲンタがすかさず言葉をつなぐ。 「こっちだ。いこう、姉ちゃんたち‼」  もともと獣道のような本道だったが、さらに道の悪い脇道を三人は進む。月明かりだけが頼りだがこの山を知り尽くしているのか、さすがにゲンタは一度も迷わない。月はすでに傾き始め、この夜がいつまでも続くわけではないことを感じさせた。  三人が妖怪の群れに追いついたのはちょうど蛇喰たちのアジトの目前だった。アジトとなっている洞穴を見下ろせる崖。戦略的には好都合だ。ここから駆け下りればアジトと蛇喰たちの間に割って入れる。 「ゲンタはここで……」  妖怪たちの間までついてこようとするゲンタを制すると、ユキジは一気に駆け下りた。そのすぐ後にツクネが続く。
/124ページ

最初のコメントを投稿しよう!

34人が本棚に入れています
本棚に追加