第一章:蛇喰の村

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 さっきまでの人だかりも消え、あたりは行き交う人々と数件の宿の呼び込みの声が聞こえる、いつもどおりの姿に戻っていた。先ほどの女大道芸人は片づけを始めながらユキジに話しかけてきた。 「さあて、苦情が来る前に逃げちゃいますか! あっ、姉ちゃん、さっきはありがとな、なかなかの腕前やったで!ほんまに相方としてほしいぐらいやわ」 「えっ、あ、どうも……でも逃げるってさっきの薬やっぱりインチキだったんですか?」 「インチキとは失礼な! さっきはちょっとばかし過大な演出をしただけや」 「……それをインチキって」  すかさずツッコミを入れようとするユキジを制して、女はユキジの肩に手をまわして引っ張っていきながら言った。 「まあまあ、細かいことは気にしなや。それより、姉ちゃんお腹すかへん? さっきのお礼もかねてそこの茶屋で団子でもおごるわ!」  されるがままにユキジはいつの間にやら茶屋のイスに座らされていた。でも、ユキジはその女性大道芸人の持つ雰囲気が嫌いではなく、むしろ好意さえ感じていた。 「おばちゃーん、団子2つとお茶!」  この独特の西方のなまりと籠に詰まった大道芸の道具さえなければすごくきれいな人なのに……ユキジはその横顔を見て思う。艶のある長い髪を上で束ね、整った顔立ちは同姓のユキジからみても魅力的だ。さっきも思ったことだが、どうしてこの人が大道芸を? という気持ちは拭えない。そんなユキジの視線に気づいて、女は言葉を返す。 「どないしたん? うちの顔に何かついてる?」 「えっ、いや、そうじゃないです」  あわててユキジは否定する。 「何やぁ、変な子。そや、姉ちゃん、まだ名前も聞いてなかったなぁ?」 「あっ、すいません。私はユキジと言います」 「ユキジ……珍しい名前やな。じゃあ、ユキちゃんって呼んでいい?うちはツクネ言うねん。よろしく!」  そういってツクネはユキジの肩をバシバシ叩く。年齢以上におばちゃん的なしぐさだ。初対面でも非常にフレンドリーなツクネに対して、ユキジはツクネが自分より年上っぽいこともあり丁重に返事をする。 「こちらこそよろしくお願いします。ツクネさんはどうして大道芸を?」 「もう、堅苦しいなぁ、ユキちゃんは! ツクネでええて」  ツクネは再びバシバシとユキジを叩きながら続ける。 「まあ、簡単にいうと生きる術やからな。芸は身を助くとはよう言ったもんやで。うちにとっては金を稼ぎながらいろんなところを旅するには香具師(やし)が一番合ってるねん」 「香具師(やし)?」 「まあ、大道芸人とよう似たもんや」 「でも、どうしてツクネさんみたいなきれいな人が? いくらでも素敵な人と結婚したりできそうなのに」 「それを言うならユキちゃんもやろ?そんな立派な刀を持った旅する女剣士さん何てかなり珍しいで。しかも年頃の女の子の」  確かにそうだ。旅の女剣士も相当珍しいだろう。ユキジはツクネに返す言葉もなかった。 「ほら、普通やったらお見合い話の一つでも出てくる頃やで。まあ、この歳にしてうちが言うことじゃないかもしらんけど。まあユキちゃんの話は後で聞くわ。ええっと、何で旅してるかやったな?弟探してるんや」 「弟?」 「そ、幼い頃に生き別れた」 「……でもわざわざ香具師じゃなくても」 「うちにとってはこれが一番ええ方法なんや。なんだかんだいうて香具師してたら人も集まるし、特に女大道芸人やったら珍しいから噂も広がりやすいやろ?」 ユキジの言葉にツクネはおばちゃんが運んできた団子を大きな口をあけてほうばりながら答える。 「そ・れ・に、いろんな世界を見てみたいって純粋な好奇心もある。たくさんお金も稼ぎたいし、すごいお宝も見たい! あっ、いい男も……」 「……」  口の中いっぱいに団子をつめて、目をきらきらさせるツクネ。天真爛漫というか天然というか、きっとこの人はこういう人なんだとユキジは勝手に納得する。まあ、だからこそ初対面の人とも距離をおかない魅力的な面もあるのだが……。 「……で、ユキちゃんの話は? どうやらただの剣術修行とかでもなさそうやけど?」  ツクネの問いにユキジはどこまで話していいものか一瞬迷ったが、別にこの人ならと言葉を続けた。 「さっき巻藁を切ったこの刀……これ普通の刀じゃないんです」  ユキジは鞘ごと腰帯から外し、隣に座っているツクネにも見えるよう両手で自分の目の前に掲げた。鞘から少しだけ刀身を出す、吸い込まれそうなくらいの黒が妖しく光る。
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