第二章:鬼の哭く街

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『力を欲したのはお前の方だろう? さあ、力を与えてやろう』  その声と共に刀の柄の部分から黒い触手のような物が伸びる。そして、その先端が男の右腕に刺さったかと思うと、一瞬にして右肩あたりまで、黒い触手に覆われ、男と刀が一体となった。  この刀……妖怪!ツクネの頭によぎったと同時に、鬼面の男の触手と一体化した腕が伸びてくる。ツクネは玉すだれを地面に刺し、棒高跳びの要領で跳躍して塀の上へ逃れる。伸びた刀は先ほどまでツクネがいた背後の壁を貫き、崩壊させる。  こいつ……やばい。寄生型の妖怪やな。ツクネは塀の上からうなり声をあげる鬼面の男を観察しながら思った。すでに鬼面の男は妖怪に理性を奪われている様子だ。右腕は完全に寄生されて妖怪化している。 「……哭き鬼か」  ツクネはヒビキの話を思い出す。先程の話しぶりから察するにきっと正義漢の強い男だったのだろう。その正義感を妖怪にうまく煽られて、結局は自分自身が妖怪になってしまったのかもしれない。  さて、どうしたものか? 先程の一撃を見るに不用意に近づくのはさけたい、そう思ったツクネは懐から細い鋼線をのついたクナイを取り出した。片手に四本、合わせて八本のクナイを指の間に挟むと、鬼面の男に向かって瞬時に投げ放つ。  細い鋼線のついた八本のクナイが男に迫る。鬼面の男は右腕と一体化した刀を振るいクナイを払おうとする。その動きを察知したツクネがクナイの柄から伸びた鋼線を操ると、男に向かっていたクナイは急激に方向転換し、様々な角度に地面や塀に突き刺さった。クナイから伸びた鋼線が男の動きを封じるように周囲に張り巡らされる。  ツクネのクナイから伸びた鋼線は細いわりに丈夫で、刀でも簡単に切れない代物だ。西洋の操り人形を元に考案されており、ツクネの指にはめた指輪とつながっている。指先の微妙な操作でクナイを操作できるようになっている。もちろん自由に操るにはそれなりの修練が必要となるが……  とりあえず動きは封じたけど、この後はどうしたろ? とツクネが思った瞬間、鬼面の男が強引に刀を振るった。雷鳴のような金属音と共にいとも簡単に鋼線が断たれる。 「なっ‼」  ツクネが信じられない様子で目を見張る。男は叫び声をあげながら、断ち切った鋼線を四、五本まとめてつかむと、それを思いきり振り回す。やばい‼ と思った時にはすでに鋼線とつながった指輪につられて、ツクネの体が空中に投げ出された。  いくら女性の体とは言え、様々な道具の詰まった籠を背負ったツクネはそれなりの重さがある。それを男はいとも簡単に片手で持ち上げてしまった。妖怪化して腕力も人間のそれではなくなっているのだろう。  そのままツクネは鋼線に振り回される形で地面に激突した。幸い背負った籠のおかげで意識はあるが、衝撃で視界がゆがむ。ツクネはすぐに立ち上がろうとするが足元もおぼつかない。そこに鬼面の男は大上段に構えた刀を振り下ろそうとする。  ここまでかいな……ツクネは思わず目をつぶった。男の刀がツクネの脳天に振り下ろされようとするその瞬間に男は突如横から受けた衝撃に吹っ飛ばされ、そのまま塀に激突する。激突の衝撃で塀は崩壊し、砂ぼこりが巻き上げられた。鬼面の男の右腕には大きな爪でえぐられたような傷跡がある。砂ぼこりの中で目を凝らした男の視線の先には鬼の手をもつ少女の姿があった。
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