第一章:蛇喰の村

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「この刀は妖怪を斬るための特別な刀なんです」 「……妖怪を?」 「ええ」 「じゃあ、ユキちゃんは妖怪退治に全国をまわっているってこと?」  ツクネのその質問にユキジは一瞬迷ったが、こう言葉を続けた。 「いえ……もともとは父がそうしていたんです。私の父は妖怪を退治して全国まわっていました。いつも全国を飛び歩いているから家にいることは少なかったけど、困った人がいるとほっておけない。そんな父は私の誇りでした。」  刀をもとの腰帯に納めて、ユキジは数年前に見た最後の父の姿を思い浮かべる。ユキジの剣術も基本の部分はもともとは幼少時代に父ヤシロから仕込まれたものであった。もっとも、父の仕事が忙しくなってからはそういう機会も減ったが……。 「でも、そんな父は3年前に『次が大きなヤマになる』と言って出て行ったきり帰っては来ませんでした。父が妖怪にやられるなんてことは私には信じられません。父のみに何が起きたのか私は知りたい。そして、もし父が妖怪に殺されたのなら必ずいつかこの手で……」  ユキジはの手にグッと力が入る。 「まわりは止めへんかったん?」 「当然、大反対されました。けど……」 「飛び出してきたってわけやな」 「ええ」  そこまで聞くとツクネはよっと立ちあがり、大きく一度伸びをした。ユキジは視線だけツクネのほうに向ける。ツクネはそんなユキジを見て、一度ニッと笑顔を見せると、隣においてあった怪しげなものがたくさん詰まった籠を背負い込む。 「一般的に言うと……」 「……?」  突然のツクネの言葉にユキジは首を傾ける。 「敵討ちなんてやめたほうがええ。何の得にもならん」  出発の準備を始めながらツクネが言う。 「……でも、自分がそうしたいならそうしたらええ。やりたいことやらんと後悔するよりずっとましや。だから、うちはユキちゃんを応援する!まあ、ほんまは相方になってほしいとこやけどな」 「……ツクネさん」 「ほなな! うちはうちのやりたいことをする。ユキちゃんと会えてよかったわ。勘定しとくし、ユキちゃんはゆっくりしときや」  じゃあと手を振り、ツクネは席を後にしようとする。その背中にユキジが問いを付け加える。 「ツクネさんはどこへ?」 「そやなぁ、とりあえずはこの先の峠を越えたところに村があるらしいから、そこにいってみようと思ってるねん」  そう言ったツクネは店員と何やら話すと振り返らずに茶屋を出た。窓から見えたツクネの背中はすぐ人ごみの中に紛れ、もう目でも追えなくなった。また、もとの一人に戻ったユキジは次の目的地をどこにするか考えていた。まだ少し日が暮れるまでにはあるので、ここで宿をとるつもりはなかった。  妖怪の噂のあるところはどこでも駆けつけたが、なかなか敵の妖怪には巡りあえない。旅先で父ヤシロの話を聞くことも何度かあったが、その土地の妖怪を退治した後の消息を知る者は一人もいなかった。 「お姉さん、この皿を下げてもいい?」  ぼんやりと考え事をしていたユキジに茶屋の店員が声をかける。50をこえた少し小太りなおばさんだ。こくりとうなずいたユキジを見て、店員はさっきまで団子ののっていた皿に手を伸ばす。目的を果たし、皿を持って引き返そうとするところでユキジは店員に声をかけた。 「おばさん、ここから一番近い町ってどこですか?」  ユキジの問いかけに店員は足を止めて、振り返り答える。 「……うーん、そうだねぇ。ここからはいくつも峠が続くからねぇ。大きな町になると本道沿いに1昼夜はかかるよ。今からじゃ、もう遅いし、お姉さん一人なら今日はこの町で泊まる方がいいよ。何ならいい宿を紹介しようか?」 「あっ、いえ……他には近くに町はありませんか?」  他の町についても聞いてみる。そういえばツクネが峠を越えたところに村があると言っていた。 「……そうだねぇ、本道からはかなり外れて脇道にそれるけど、峠を越えたところに村があることはあるね……ただ、そこに行くのはやめた方がいいよ」  店員のおばさんは思い出したように言うと、急に小声になり、持っていたお盆でユキジに耳打ちするように語った。 「あの村の周りには出るんだよ! 妖怪!」 「妖怪!?」  おばさんの意外な言葉にユキジは驚いた。 「そう、妖怪。古くから続く神社があるとかで、昔はこのあたりもあの村と交流があったらしいけどねぇ。あの村は妖怪に目をつけられてるってことで今では孤立無援状態さ、誰も近寄りたがらない。悪いことはいわない、お姉さんもあそこに近寄ろうなんて絶対思わないほうがいいよ」 「なんで妖怪に目をつけられたんですか?」 「さあ? そこまで詳しくは私も知らないよ。何かすごいお宝でもあったのかねぇ。」  ユキジは考える。もしかしたらツクネもそのうわさを聞いて向かったのかもしれない。とにかく妖怪のうわさがある以上は行ってみる勝ちがありそうだ。  ユキジは太ももの辺りをバシッと叩くと、席から立ち上がり。「おばさん、ありがとう」と声をかけると茶屋を出て行こうとした。そんなユキジを見て、店員は慌てて呼び止める。 「ちょっと、お姉さん! お勘定まだだよ!」 「えっ……?」 「さっきの大きな籠を持った大道芸人さんが、お姉さんが全部払ってくれるって言ってたからね。しめて30文! ありがとうございまーす!」 「……」  やられた。何が勘定しておくだ……全くあの人は。あきれながら、しぶしぶ自分の財布から30文を支払ったユキジに意外と怒りはなかった。きっとツクネはああやって飄々と生きていくんだろうと一人で勝手に納得した。……ただ、次に会ったら絶対に請求してやろうとユキジは心の中で思った。
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