第二章:鬼の哭く街

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「えっ⁉」 「あいつは妖刀に憑りつかれとる。……初めは本当に人助けのつもりやったかも知らん、ただ街を守りたかったのかもな。でも今のヒビキはいつの間にか心も鬼になりつつある。まるで『哭き鬼』の話のように……」 「……嘘だ」  ユキジは茫然とした表情を浮かべ、あきらかに動揺している。 「ヒビキさんがそんなことあるわけない……あのヒビキさんが……」  ユキジにとってヒビキはかつて兄同様に接してきた人物だ。あの面倒見のいい兄弟子と、辻斬りという言葉がどうしても頭の中で結びつかない。 「ユキちゃん、残念やけど間違いない」 「そんな……」  状況が呑み込めず、動くことのできないユキジ。その向かいでツクネは席を立ち、その場から出て行こうとする。その背中にユキジが声をかける。 「……ツクネさん。私も連れて行ってもらえませんか? どうしても自分自身で確かめたい」 「……」  ツクネは立ち止まって、背中で聞いたいたが、冷たく言い放った。 「ユキちゃん……あんた、ヒビキを斬れるか?」 「えっ⁉」  振り向かずともユキジが困惑した表情を浮かべていることはわかった。 「無理やろ……妖刀に心奪われたあいつはためらいもなくユキちゃんを襲うかもしれない。そういう覚悟のない奴は連れて行くことはできへん」 「……でも」 「あいつはうちと嬢ちゃんで止める。ユキちゃんはさっさとこの街を離れて、今回のことは忘れてしまうんや」 「……ツクネ……さん」 「こないだの分もあるし、ここの分は払っとく。あとはさっさとここを出るんやで」  そう言ってツクネは店員に代金を支払うと出ていいってしまった。ユキジは席に着いたまま動けない。あの様子からしてツクネが嘘をついているとは思えない。それでもヒビキが辻斬りの犯人だとは信じられない。  優しい性格のヒビキのことをユキジは本当の兄のように慕っていた。剣術を始めたころ厳しいヤシロの指導にべそをかいていたユキジの面倒をいつも見てくれていたのもヒビキだった。ヒビキが剣術道場を辞めて、自分の街に帰ることになった時、まだ十二歳だったユキジは泣いて駄々をこねていた。  茶屋を出た後もユキジはまだ迷っていた。ツクネの言っていたこの街をすぐに出てしまうという選択肢はユキジにはなかった。仮にヒビキが本当に辻斬りであったのなら、なおさら他人事としてほっておけない。だからといってヒビキと闘うなんてことはしたくない。  まずは話し合うことが先決だ。できればツクネの誤解であってほしい。そうだ、その可能性だってある。ツクネ達より先にヒビキに問いただそう。誤解、あるいはきっと何らかの深い事情があるはずだ。  そう思ったユキジはヒビキの店へ向かう。ヒビキのことを信じている一方、もし本当にそうであればと不安が胸を締め付ける。いつもより重い足取りでまだ日も低い街を歩く。 「ただいま」と無理にいつもより努めて明るく店へ入る。奥からは声は聞こえない。ユキジの胸に不安が広がっていく。ユキジは草鞋を脱ぎ、祈るような思いで奥の部屋へ向かう。そこにもヒビキはいない。ただ一枚の手紙が机の上に置かれていた。  そこには急用ができて今晩は帰らないこと、次の旅の支度ができるまでこの店を自由に使ってもよいとのこと、そして、久々にユキジと再会できてうれしかったなどということまでが書かれていた。  最後の一文がまるで遺言のようで、ユキジは気が気でなくなる。そのまま奥の部屋から店の外へ出ようとした時にユキジは気づいてしまった。今朝にはかかっていたはずの哭き鬼の面と刀がなくなっていることに。  心当たりがなくても、片っ端から探してやる!! 店から出たユキジは全力を通りを駆けて行った。それでもまだユキジの頭の中は迷ったままであった。
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