第二章:鬼の哭く街

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街の中心部から外れた少し開けた場所にさびれた寺院の跡地がある。すでに誰も住んでいないのか廃墟になっている建物の庭の部分には雑草が生い茂っていて、それが人がいなくなってからの年月を表していた。 その寺院の境内の部分にツクネが腰かけている。あたりはすっかりと夜が更けている。十六夜の月も夜空に輝いている。その月明かりに照らされて、ツクネのそばにすっと影が伸びる。 「……約束通りちゃんときたようやな」  こちらの方に真っすぐ向かってくる足音に向かって言葉を投げかける。鬼面の男は無言のままさらに近づく。まだ刀は腰に下げたままだ。横からすっとカリンも現れる。すでに二刀の小太刀を両手に持ち、男を警戒している。  この場所に呼び出したのはツクネの方だ。朝早くから周りに迷惑がかからなそうなこの場所を下見しておいた。そして、ヒビキの店に手紙を届けておいた。ユキジを呼び出す手紙をユキジの眠る部屋に投げ込んでおいたのもその時だ。 「こうやって二人がかりで待ちかまえているとこっちが悪もんみたいやな。どうや、素直にお縄についてはもらえんやろか?」 「……」 「こちらも一宿一飯の恩もあるし、なるべくなら手荒な真似はしたくないんや、なあ、ヒビキさん」  ツクネはそう言って縁側から立ち上がる。 「……今の私は白鬼(ビャッキ)。もはや止まることはできない」  そう言って男は刀を鞘から抜く。漆黒の刃が凍てついた冷気のような光を放つ。 「ヒビキさん、あんたは根から悪い奴やない……そやけど、やるしかないみたいやな」  ツクネも鋼鉄製の南京玉すだれを取り出して構える。それに合わせて男も正眼に構える。もちろん横で控えるカリンへの警戒も解かない。 「待ってください‼」  三人警戒の外側で突然大きな声が響いた。息を切らしながら寺院の跡地に駆け込んでいたのはユキジである。 「待ってください! ツクネさん」 「……ユキちゃん」 「……それにヒビキさん」  ユキジはヒビキの背中に声をかける。かけられたヒビキは顔だけユキジのいる寺院の入口の方に向けた。形としてはヒビキが三方を囲まれた状態だ。 「ヒビキさん……どうして?」  声にならない声でユキジが問い詰める。哭き鬼の面で隠れてヒビキがどんな表情をしているのかユキジからはわからなかった。 「ヒビキさん、あなたは誰よりも優しかった。幼いころの私はあなたの優しさに何度も助けられたんです……そんなあなたが、なぜ辻斬りなんかを」 「……先ほどその者たちにも言ったが、今の私は『ヒビキ』ではなく『白鬼』、もし私の邪魔をするというのなら、ユキジ……お前でも容赦はしない!」  ヒビキは左手に持った刀をユキジの方へ突き出す。それを見てツクネが横やりを入れる。 「ちょい待ち、先約はユキちゃんじゃない、うちらのはずや」 「あたしは昨日の借りを返しに来ただけだ」  カリンも口を出してくる。 「そういう訳やから、ユキちゃん、悪いけどあんたの出番はなさそうやな……同門対決なんてするもんやない」  ツクネはユキジにウインクをする。ツクネなりにユキジを気遣っているのだろう。それはユキジにも十分伝わった。それでも……いや、だからこそ。大きく息を吸い込み、ユキジは自分自身の決断に発破をかける。 「ツクネさん! ありがとうございます。でも……」  ユキジも刀を抜き、片手で持ち、ヒビキの方へ刀を突きだし返す。 「もし本当にヒビキさんが妖刀に憑りつかれ、辻斬りを重ねているのなら……それを止めるのは私の役目! ヒビキさん……いや、白鬼! 私が相手になる!」
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