第二章:鬼の哭く街

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「ユキちゃん……でも……」  ユキジの言葉にツクネは戸惑う。そこに突然、乾いた拍手が鳴り響いた。音の方向に視線が集まる。 「いやいや、たいした決断だ。さすがはあの有名なヤシロさんの娘さんだ」 「……お前は⁉」 「確か……あの時の!」  闇の中から拍手とともに現れたのはコハクだった。 「せっかくに、自分自身で兄弟子を止めようと決心なされたのです。本人の思うようにさせてあげては?」 「‼……勝手なことぬかすんやない!」  ツクネは玉すだれをコハク目がけて、思いっきり振る。鞭のようにしなる鋼鉄の玉すだれが、闇夜を切り裂き、コハクの目の前まで迫る。それをコハクは指先二本だけで、軽く触れて玉すだれの方向を変えた。コハクのすぐ横の空を切った玉すだれが地面に叩きつけられた。あたりに砂ぼこりがまきあげられる。コハクはすっとその場から飛び退き、寺院を取り囲む塀の上に着地する。 「同門対決に水を差すのも何ですしね……あなた方にはこちらの相手をしてもらいましょう」  いつの間にかツクネやカリンの周りを異形の者が囲んでいる。尖った耳に赤黒い肌、鋭く尖った牙とそれぞれに刀や鎌のようなものを持っている。 「彼らは魍魎(もうりょう)といって本能のままに死体を喰らう低級な妖怪です。あなた方からすれば大した力ではないかもしれませんが、これだけ数がいればどうでしょう?」  コハクが手を挙げると妖怪たちは、じりじりとツクネたちを囲む輪を狭めようとする。チッと舌打ちをしながらツクネがその妖怪たちに向かって玉すだれを振り回す。鋼鉄の玉すだれの遠心力で数匹の妖怪がなぎ倒される。 「嬢ちゃん! 半分は任せた! ユキちゃんのところに行かせたらあかん!」  ツクネはユキジとヒビキを挟んで反対側にいるカリンに向かって叫ぶと、そのまま魍魎たちに向かって火薬球を投げつけ、そのまま妖怪たちの群れの中に突っ込む。火薬玉の爆発音とともに乱戦が始まっていた。 「ふん、アタシはあの男にも借りがあるんだった……そいつはお前にくれてやるよ」  カリンもユキジにそう言って、ツクネとは反対側の魍魎の群れに飛び込む。逆手に持った二刀の小太刀を閃光のように振るうとたちまち、一匹の妖怪が切り刻まれた。  ツクネさん、カリン、ありがとう……ユキジは心の中でつぶやいた。ヒビキに向かって伸ばしていた刀を再び構えなおす。それに呼応してヒビキも大上段に構えなおす。  ツクネとカリンが妖怪の群れを食い止めているおかげで、寺院の中央部ではユキジとヒビキが一対一の形で対峙できていた。今のところコハクは塀の上からこの状況を静観している。  ユキジとヒビキはお互いに構えたまま、じりじりと間合いを詰める。お互いの一挙一足の間合いのギリギリ外側で、目に見えない駆け引きが繰り広げられる。二人の外の喧騒も気にならないほどユキジは集中していた。ほんの一寸ほどの間が詰まるや否や、ユキジの胴への水平な斬撃とヒビキの大上段から振り落とした斬撃が交差する。  あたりに響く金属音。お互いの掌に衝撃が走るがそれを押し込めて、鍔迫り合いが繰り広げられる。グッと丹田に力を込めて押し込んだ反動で再び距離をとる。たった一合のぶつかり合いで、ユキジはその太刀筋に懐かしさと、それがまぎれもなくヒビキであることの悲しみが混ざった複雑な想いを抱えていた。
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