第一章:蛇喰の村

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 辺りはもう薄暗く、虫の鳴き声も聞こえる。まだ夏の終わりだという感覚だったが、確かにそこに秋の訪れを感じた。ユキジはそんな想いにふけりながらも周囲への警戒は怠らなかった。途中何度かガサガサという物音に注意を引かれることもあったが、大抵は小動物が草むらから出てくるだけであった。  ここまでの途中、何人かに村のことを聞いた。この森で妖怪が出没するという話は旅人たちの間で噂になっていた。一人でその森へ向かおうとするユキジを止めとけと止める者もいたが、その制止も聞かずにユキジは本道から外れていった。  峠を越えてからの道はけものみちと言っても過言ではないような道であった。しばらく人は通っていないのだろう、もともと森だった場所に好き放題に背丈の高い草まで生えている。しばらく草を掻き分け進むと湧き水の出ている場所に出てきた。そこからは幾分か道もましになった。  大木を背に座り込み、ユキジは少し休憩を取る。宿場町からだと、かれこれ一刻以上も歩き続けている。途中で聞いた感じからだともうそろそろのはずだけど……ユキジはふくらはぎの辺りをもみほぐしながら思った。 そんなユキジの耳に突然、爆発音が聞こえる。 「……⁉」  驚いたユキジは立ち上がり、音の方角を警戒する。木々で休んでいた鳥たちも急に羽ばたく。どうやらここからはそう遠くないようだ。ユキジはしゃがみこみ、地面に耳を当てる。こっちの方に走ってくる足音が一つ……いや、たくさんに増えた。  そのまましばらく様子を伺っていると、足音が止まった。ユキジは立ち上がり、その方向に向かって走り出す。そこでもう一度、爆発音。妖怪のしわざか? 周囲への警戒を強めながらも、ユキジはとにかくその方向ヘ向かう。  その爆発音の中心には少年がいた。まわりには異形のものが4,5匹……じりじりと取り囲まれすでに少年に逃げ場はない。 「くそガキが! 手間取らせやがって……ぶっ殺してやる」 「……」  妖怪だ。刀を持ち、人間にわりと近いタイプだが、その異形の姿を見れば明らかにそれとわかる。必死に逃げてきたのだろうが、すでに追い詰められている。今にも少年に襲い掛かりそうな妖怪を制して、その少年を取り囲んでいる妖怪の後方からもう一匹の妖怪が出てきた。 「おいおい、ぶっ殺してもらっては兄貴に会わす顔がないぜ。そのガキはあの神主の野郎の孫だ。あいつをおびきよせるために、せいぜい半殺しで我慢してもらうぜ」  そういってその妖怪は笑う。つられてまわりの妖怪も笑った。蛇妖の一種だろうか?長い舌を出して笑うその妖怪がどうやらリーダー格であった。 「さあ、観念しな、クソガキ」  妖怪たちが囲いの輪を縮め、少年に襲いかかろうとする。そんな妖怪をけん制するかのように少年はたすきがけにしていたかばんから、片手でお札のようなものを三枚取り出し自分の前に突き出した。  妖怪たちはそのお札に躊躇しながらも、少年の一番近くにいた妖怪が攻撃を加えてくる。転がりながら何とかその一撃をかわした少年は、その妖怪に向かってお札を投げつけた。 「……滅!」  少年が何やら唱えたその瞬間、お札が大きな爆発音と共にはじけ飛ぶ。爆風が砂をまきあげ、妖怪たちが一瞬ひるんだその隙を利用して少年は立ち上がり、妖怪の囲いからすり抜けた。一目散に駆け抜けようとするその瞬間、少年の足に無数の蛇が絡みつく。 「⁉」 「それはもうさっきに何度もみたよ。そうそう同じ手が通用すると思われては困るねぇ」  少年の足に絡みついた蛇は長い舌の蛇妖の右腕から伸びている。それが一気に縮んで、少年は再び蛇妖の前に連れ戻される。少年は左手に握っていた札を足の辺りに近づけ脱出を試みようとするが、それより早く蛇妖の右腕が大きく波打つ。少年は一度地面にたたきつけられ、その後右足をつかまれ逆さづり状態にされる。頼みの札も地面落ちてしまった。 「これで万策尽きたな……あのジジイの技もその紙切れがないとできないんだろ?」  爆風で吹き飛ばされていた妖怪たちも再び少年のまわりに集まり、リーダー格の蛇妖は先の割れた長い舌を伸ばしながら、また下品な笑みを浮かべる。 「……」 「かわいい孫の命と引き換えならばジジイもあれを渡さざるをえないよなぁ?」 「……じいちゃん、ごめん」  少年はぼそりとつぶやいた。始めはばたばたと抵抗していた少年も足に絡みつく蛇が離れないと悟ると覚悟を決めてグッと目を閉じた。  その瞬間に風。一筋の閃光が少年と妖怪の間を走ったが、瞬時の出来事に妖怪たちも反応できていない。次の瞬間には少年は逆さづりから解放されドスンと地面に落ちる。蛇妖の蛇でできた右腕は真っ二つになっている。ギィィィィィ、と蛇妖の叫び声がした。いったい何が起こったのか少年にはわからない。  先ほどの閃光の先にはユキジがいた。右手には妖しげに黒く光る刀をもっている。突然現れた女剣士に、少年も妖怪たちもとまどいをみせる。爆発音を頼りにやってきたユキジは少年が妖怪にとられられている姿を目の当たりにし、すぐに割って入ったのだった。ユキジは振り返ると刀を構えなおして少年のもとに駆けより、まだその場にしゃがみこんでいた少年にユキジは声をかけた。 「大丈夫? 立てる?」  ユキジの言葉に我に戻った少年は小さくうなずく。 「名前は?」 「……ゲンタ」 「よし、ゲンタ! 少し下がってて」 「えっ……でも……」  ゲンタはユキジの横顔を見て、少しとまどう。それほど年齢も変わらずしかも女性の剣士だ、ゲンタがとまどうのも無理はない。そんな心配そうなゲンタにユキジは笑顔を見せて言った。 「大丈夫」  ユキジはゲンタの前に出て、妖怪の集団に向き合う。 「……私が君を守って見せる!」
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