第一章:蛇喰の村

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 ユキジは刀を両手で持ち、刃先を右斜め下に構える。グッと土を踏みしめる感触がユキジの足に伝わる。突然のできごとにあっけをとられていた妖怪たちも、先ほどの蛇妖を中心にユキジを取り囲むような形に広がる。左右の妖怪が大上段に刀を構えた。 「よくもアタシの右腕を……お前、いったい何者だ?」  残った左腕をちぎれた右腕にあてながら蛇妖が言った。……と同時に地面に落ちてあった蛇妖の腕の一部が再び無数の蛇となりユキジに襲い掛かる。 「……妖怪に名のる名前などない!」  無数の蛇を体さばきで交わしながら言うと、そのままユキジは跳躍し左にいた妖怪に斬りかかる。妖怪が反応するより早く、ユキジの刀が妖怪を切り裂いた。  その切り口から白く輝くまばゆい光が放たれユキジの黒い刀に吸い込まれていく。瞬時に煙のように妖怪は消滅した。するどいユキジの太刀筋に先ほどまで余裕を見せていた妖怪たちもあせりの色をみせる。驚いたのは離れていていたゲンタも同じだった。 「ええい、相手は女一人だ! ガキ以外は別に殺してかまわん、かかれ! かかれ!」  蛇妖の号令に合わせて、残りの4匹の妖怪がユキジに襲い掛かる。ユキジの正面にいた一番近くの妖怪の突きにあわせて、残りの妖怪も上段から斬りかかった。同時に受けきるのは不可能と思ったユキジは左に転がりながら初めの斬撃を交わす。そこに二撃目が打ち落とされるのをユキジは刀で何とか受けた。夕暮れ時の森に高らかな金属音がなり響く。 「危ない!!」  思わずゲンタは叫んでいた。妖怪とユキジの体格差は大きい。剣術において腕力はそこまで重要視されないが、このようなつばぜり合いになれば話は別だ。妖怪の圧力に体ごと弾き飛ばされるユキジ。  だが、幸い弾き飛ばされたことにより妖怪の囲みから抜けることができた。追撃を加えようと追ってくる妖怪とは一対一の形になる。純粋な剣術の勝負になるとユキジのほうに分がある。追ってきた妖怪が刀を振り下ろそうとするその右胴にユキジの刀が放たれる。先ほどと同じく煙のように白く消滅する妖怪。さらにその横をすり抜けの返す刀で次の妖怪に斬りかかる。  力をこめたユキジの上段が三匹目の妖怪も斬り伏せる。残る妖怪は蛇妖を含めて三匹。少し右側に寄った正眼に構え直し、じりじりとユキジが間合いをつめる。中央の蛇妖を守るように、二匹の刀を持った妖怪が蛇妖の前に立ちはだかる。一匹はユキジと同じく正眼、もう一匹は片手で刀を持ち、だらりと右下に下げている。ユキジの後ろでゲンタは息を呑んで見ていた。  少しずつ間合いをつめるユキジのプレッシャーに耐え切れず、正眼で構えていた妖怪が動く。その一瞬をユキジの刀が捉えた。先の先をとると剣術の世界ではいう。斬られたという感覚もないまま妖怪は消滅した。……あと二匹!  蛇妖の前に立ちはだかる最後の一匹の刀がゆらりと揺れた。動き自体はゆったりとしたものだがその動きに無駄がない。その妖怪の放った片手面がユキジを襲う。何とか受け返し、反撃を試みるが妖怪の反応もよい。ユキジの斬撃は剣先がわずかに肩口をかすめた。  新たに構えなおしユキジが誘いをかける。妖怪は簡単にはのってこない。今度はユキジからしかける形となった。ユキジの面撃ちに妖怪が合わせようとするのをとっさに小手撃ちに変化をする。  浅い! とユキジは感じたが、うまく手首に入り妖怪の刀が地面に落ちる。その隙を逃さずユキジはもう一歩大きく踏み込む。背中まで突き抜けるほどのするどいユキジの斬撃が閃光のようにはしった。白く輝き霧散する妖怪。蛇妖はその様子をみて後ずさりする。 「さあ、後はお前だけだ!」  ユキジが刀を蛇妖の方に向かってつきつけた。そのままの状態でじりじりと間合いをつめる。蛇妖は後ずさりを続けたが大木を背にして後がなくなった。 「……くそっ!」  先ほどユキジに斬られた右腕の先から再び無数の蛇が飛び出す。同時に残った左手で背中に隠していた短刀を抜こうとする。だが、ユキジは冷静にその蛇を切り捨て、蛇妖より早くそののどもとに刀をつきつける。その場にへたり込む蛇妖。そしてユキジがその刀を振り上げた瞬間だった。 「姉ちゃん! 危ない!」 「⁉」  ゲンタの叫び声が響く。頭上を見上げると、ユキジのすぐそばまで少女が迫っていた。手に持った何やら光るものがユキジの頭上に振り下ろされる。ユキジは刀を額のあたりに掲げ、なんとかその斬撃を受ける。その衝撃の反動を利用して、娘は空中で一回転し、地面に着地した。 「……さっさと逃げろ」  娘は両手に持った小太刀をユキジに向けてかまえながら、その場にへたり込んでいた蛇妖に言った。どうやら先ほどユキジが防いだ一撃はこの小太刀によるもののようだ。銘はわからないがなかなかの業物らしい。先ほどの衝撃にも傷一つついていなかった。それを少女は逆手で両手に持ち、構えている。  少しつりあがったきつい目をしているが、見たところ普通の人間の娘だ。髪は短く、その体形からも少年といっても通りそうな容姿である。だが、さっきの身のこなしといい只者ではないなとユキジは感じた。あれだけの動きはちょっとやそっとでできるものではない。 「そこをどいて……くれない?」  娘からの殺気が戦闘を避けられないことを感じさせたができれば少女相手に戦いたくない。そんなユキジの思いをよそに少女はぼそりとつぶやいた。 「……人間はキライだ」
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