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その一言と共に周囲の空気が変わった。少女はユキジに向かい素早く間合いをつめると逆手に持った二刀流の刀で攻撃を仕掛ける。疾い。吹きすさむ風のように斬撃を重ねる少女、ユキジもそれを受けるが、一太刀毎に鋭さは増してくる。
これ以上のせるとまずい‼
少女は二刀流、しかも小太刀なので小回りが利く。剣速での勝負は分が悪いと感じたユキジは受け流しからとっさに変化し、鍔迫り合いに持ち込もうとする。グッと体幹からの力をこめたユキジの受けで、少女の斬撃のリズムが止められた。
好機と見たユキジはそのまま体を入れる。半ば体当たりのようなユキジの受けに右手に持った少女の小太刀が弾かれ、後方に飛んでいった。バランスを崩された少女も後ろに大きく飛ばされたが背後にあった木を蹴り、うまく体勢を立て直しユキジの頭上に戻ってきた。
少女が素手になった右腕に力をこめると、小太刀さえもにぎると大きく見えた少女の小さな手が二まわり以上も大きくなる。闇を思わせるような漆黒の指先から鋭いつめが飛び出す。それはまるでおとぎ話でみた鬼のようであった。
少女はその手をユキジに向かって振りかざす。ユキジもその少女の動きに反応している。白く輝く光が一瞬交錯し、それがはじけた。反動で二人の間合いは大きく開く。
少女の爪をうけた手がしびれている。それ以上にユキジは心に大きな衝撃を受けた……この娘、妖怪なの? ユキジはその少女の変化にとまどった。それは対する少女も一緒だった。
……どうして? ユキジの刀に触れた少女の右手の妖怪化が解けている。ユキジの刀は触れたものの妖力を無効化する。それを知らない少女はユキジに対して警戒を深める。お互いに動きのとれない膠着状態、それを壊したのは新たな妖怪の出現だった。
「カリン、そのへんで十分だろう」
その声の先にはもう一匹の蛇妖。最初のものと比べるとかなり細身で小柄だが、そのまとっている妖気から強敵であることがわかる。カリンと呼ばれた少女と新たな蛇妖、両方を相手にするのはどう考えても不可能である。
「あ、兄貴!」
大柄の方が蛇妖が声をかけた。もう一匹の蛇妖はそちらに目もくれずに、ユキジに冷たい視線を送る。
「……邪魔をするな」
カリンの言葉に対して、蛇妖は長い舌で舌なめずりをしながら言う。
「そうはいかないねぇ、お前にはまだやってもらう仕事がある。」
「……」
蛇妖は改めてユキジのほうに向き直す。
「そういうわけで珍しい刀を使う女剣士さん、今日のところは引かせてもらうよ」
「……ちっ」
舌打ちをしてからカリンは木の上に飛び上がり、瞬時に飛び移っていく。二匹の蛇妖もその場を立ち去ろうとする。その背中にユキジの後ろで見ていたゲンタが声をかけた。
「待て! 蛇喰!」
蛇妖は立ち止まり、振り返ってゲンタをみると再び舌を伸ばしながら言った。
「あの爺さんの孫か……爺さんに言っといてくれよ、近々あいさつにいくってな」
そう言いながら蛇妖は下卑た笑いを見せる。今にも飛び掛りそうなゲンタをユキジが必死に止める。そんな二人をよそに蛇妖は悠々と去っていく。
「放せ! 放せって!」
「今、戦っても勝ち目は薄い。悔しいけどここは我慢するんだ」
「……だって」
ゲンタの体から力が抜ける、そして今度は肩を震わしだし泣き始めた。きっと自分の無力さが悔しいのだろう。ユキジはしばらく胸を貸してやった。いつの間にかあたりはすっかり日も落ちて、静かに闇を迎えている。空には十六夜の月が輝き始めていた。
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