第一章:蛇喰の村

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「ほら、姉ちゃん。これがじいちゃんの神社なんだ」  ゲンタが指差した先には古びた境内があった。ずいぶん古くからあるのだろう、造り自体は決して立派なものとはいえないが、自然と調和したその姿は日常と非日常の狭間にあるような印象を感じた。まあ、神社というのはそういうものかもしれないが……。 「あとはここからまっすぐ下っていくと村だよ、さあいこうぜ!」  ユキジも心配をしていたが、ゲンタもすっかり元気を取り戻したみたいである。蛇妖たちとの遭遇の後、道すがらゲンタから大まかな事情は聞いた。あの蛇喰という妖怪たちが村とその村に伝わる秘宝を狙っていて、それをゲンタの祖父である神主が符術を使って退けているらしい。  ゲンタが先ほどおこなった札を爆発させる術も祖父から習いかけているものだ。ただ、ゲンタの力ではせいぜい爆風で目くらまし程度のことしかできない。ユキジはゲンタを村まで送っていくついでにゲンタの祖父に会いたいと思っていた。  符術とは札に書かれた特殊な文字を媒体にして様々な破邪の力を引き出す法である。古来から伝わる妖怪に対抗するすべである符術には、同じく妖怪に対するものとしてかなり興味がある。ユキジにとって参考になることも多いかもしれない。  神社からまっすぐに下るとそこには確かに村があった。ただ夜とはいえあまりにも人気が少なく寂れた印象さえ受ける。例の妖怪騒ぎのせいだろうか?村の入り口に到着した二人に気づいて、一人の老人が駆け寄ってくる。 「⁉ ……ゲンタ」 「じいちゃん」  老人の声に気づくとゲンタも駆け寄る。目の前まで来たゲンタを抱きすくめるのかと思いきや、老人はいきなりゲンタの顔に平手を振りぬく。乾いた音が周囲に響いた。 「この大馬鹿者が! あれほど村の外にいってはならんといったのに……」 「……でも、このままじゃ村は」 「だからといって、お前の術では己の身一つも守れないだろう……大丈夫、お前が心配するのもわかるが、今は将来の自分のことを考えていなさい。いつか立派な符術士になればよい」  そういってゲンタの祖父はゲンタを抱きしめる。いきなりの平手もゲンタへの愛情からくるものだ。さすがにゲンタも素直になった。本日二度目の涙だ。 「ごめんなさい」 「わかればいいんじゃ」  そんな二人の状態をみながらユキジはどうしたらいいかわからず、なんとなくその場で二人の様子を見ていた。そんなユキジに祖父も気づいてゲンタに問いかける。 「ところでそちらのお嬢さんは?」 「姉ちゃんは蛇喰に襲われていたところを助けてくれたんだ。こう見えてとても強いんだよ」  ユキジは老人に軽く会釈する。 「そうか、そうとは知らずこれは失礼なことをしました。ゲンタの祖父でヤグモといいます。このたびは孫がお世話になりました」  ヤグモは深々と頭を下げる。ユキジも恐縮して同じように頭を下げながら自己紹介する。 「あっ、いえいえ。私はユキジといいます」 「ユキジ殿……ですか。どうです? 日も暮れたことですし、手前どもの家にいらっしゃいませんか? たいしたことは何もできませんがぜひお礼もしたい」 「いいんですか?」  正直、野宿も覚悟していたユキジにとってはありがたい話だ。 「はい! ぜひとも」 「やった! 姉ちゃん、おいでよ!」  そういってゲンタはユキジの手を引っ張る。妖怪の話も符術の話も聞きたいので、結局ユキジはゲンタの家にお世話になることにした。  ゲンタは祖父と二人で暮らしている。父母は早くに亡くなってしまったらしい。ゲンタの家で少し遅めの夕食をいただき、ようやく人心地ついた。改めてゲンタの祖父と妖怪の話になる。祖父の勧めでゲンタは別室にいかされた。 「さて……と」  ゲンタが出て行くのを確認してからヤグモが切り出す。 「ユキジ殿も妖怪を退治することを生業としているとか?」 「いえ、妖怪退治をしていたのは父のほうです。私はただ敵を探しています……父の」  ユキジはヤグモから視線を落とし言った。 「ユキジ殿の父も妖怪退治を?」 「……ええ」 「して、そのお名前は?」 「ヤシロといいます」 「⁉ ……なんと!」  ユキジの言葉にヤグモは驚きの表情を見せた。そして、ユキジの顔を改めてまじまじと見つめる。 「父を知っているんですか?」  今度はユキジが驚く番だった。 「この世界ではずいぶん有名人じゃよ。ただ、知っていると言うほどのものではないですが。今から20年ぐらい前に一度だけあったことがあるが……」 「何か父について知っていることはありませんか?」 「……」  ヤグモは申し訳なさそうに首を横に振る。 「会ったといってもほとんど会話もしていないしのう。それにわしはすでに隠居して長い、ヤシロ殿の噂すらもここ数年は耳にしておらん」 「……そうですか」 「すまんのう。ゲンタを助けてもらったのに何一つ力になれんで」 「いいえ、気にしないでください。それよりさっきの蛇喰って言いましたっけ? なぜあの妖怪はこの村を?」  本当に申し訳なさそうに話すヤグモが気の毒になってユキジは話題を変えた。ただこれは少し気になっていたことだ。ヤグモの手前、口には出さなかったがこのさびれた村を手にしても妖怪にあまりメリットは感じられない。それとも「お宝」とやらがよっぽどすごい物なのか? その質問に対してヤグモは淡々と語りだした。
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