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「霊脈と言うものをユキジ殿はご存知かな?」
「……いえ」
「人間の生命力や妖怪の妖力の源泉を霊力と言うのじゃが、あるゆるものに存在する霊力が特に多く集まる場所を霊脈と言うんじゃ。わしらの使う符術は札を通して人工的に小さな霊脈をつくり、様々な力をそこから引き出す。だがそもそも大きな霊脈はもともと自然界に存在する。」
「……」
そこまで聞いてユキジには思い当たることがあった。あの神社だ。
「そう気づいたようじゃな。私が神主を勤めているあの神社はちょうどその霊脈になっている」
「じゃあ、その霊脈をねらって?」
「これこれ、早とちりをしなさるな。自然界にある霊脈は確かにとてつもない力を秘めているが、我々人間や妖怪が簡単にそこから力を引き出せるものではない」
「じゃあ、どうして?」
ヤグモの次の言葉を待つ。
「……宝珠」
「宝珠?」
「何百年も続く、私の神社には宝珠と言われる小さな珠がある。霊脈にずっと奉納されていたその宝珠にはいつからか人間や妖怪の霊力を引き出し増幅させる力が備わっておった。あの蛇喰どもはそれを狙ってやってきたわけじゃ。……だが、奴らがそれを手にすることはできなかった」
ヤグモはそこでいったん言葉を切る。
「そこに結界が張っていたからじゃ。もともとこの村は妖怪から身を守るため、宝珠の力を使って増幅させた結界術で村全体に結界が張られている。わしらの一族は代々、神主としてその結界と宝珠を守ることが使命とされていた」
ユキジは神社の近くで感じた違和感を思い出していた。妖怪を防ぐための結界とユキジの刀が何らかの共鳴をしたのかもしれない。
「しかし、結界のために宝珠を奪えないと知った妖怪どもはこの村とほかの場所との交流を断つ作戦に出た。この村に寄ろうとする旅人、荷を売りに行こうとする村人らを襲い始めたんじゃ。妖怪のために人が寄り付かず孤立させられたこの村はこのままではいつか滅びる。……わしが刺し違えてでもあの蛇喰どもを倒せればよいのじゃが、もしわしが倒れれば結界も消滅してしまう」
「消滅?」
「結界は宝珠で規模を増幅しているとはいえ、もともとは符術でつくったものじゃ。術者の死はそのまま結界の消滅につながる」
「……」
悲痛な顔のヤグモ。自給自足が基本となっている小さな農村とはいえ、この時代に他の地域とのつながりなしで経済が成り立つとは考えられない、どうみてもこのままではジリ貧状態なのはわかっている。わかっているがどうしようもないヤグモの痛みが伝わってくるようだった。
「……あの」
ユキジはヤグモに語りかける。
「私に何か手伝えることはありませんか?」
わずかな時間だが必死に考えたユキジの答えはこれだった。
「討って出ましょう。このままじゃどうにもならない、私も協力します。一人では厳しくても二人なら……それにこの刀なら」
「……」
ユキジはまっすぐにヤグモを見つめる。決意に満ちたユキジの瞳にヤグモは少し困った顔をしてから首を振った。
「ありがとう。ユキジ殿の気持ちは本当にありがたい。それにその刀……それならば戦い方次第では蛇喰も倒せるやもしらん」
「じゃあ、なぜ?」
納得できずユキジは食い下がる。
「……ユキジ殿はいくつになる?」
「……17です」
そうか、とヤグモはうなずきながら言葉を続けた。
「わしのように老い先短いじいさんならまだしも、まだまだ先の長い娘さんに命をかけさせる訳にはいかん。ましてやヤシロ殿の忘れ形見となればなおさらじゃ」
「……」
「あまり生き急いではならん。無理もいかん。これからユキジ殿はもっと強くなる。多くの人を妖怪から救うじゃろ。じっくり、ゆっくり自分自身を磨きなされ。・・・それに手がないわけじゃない。ゲンタは着実に力をつけておる。ゲンタがいっぱしの結界がはれるぐらいまで成長すれば、わしも命をはれる。ゲンタこそこの村の希望なのじゃ」
なんとなくゲンタの無茶をした気持ちが分かった。早く強くなりたい! その思いはユキジも今まで何度となく味わったことのある気持ちだ。自分さえ強くなれば守れるものがあるのに、それができない無力な自分が許せない気持ち。生き急いではならん……ヤグモの言葉は少なくとも今のユキジには理解は出来ても納得はできない言葉だった。
その後、ヤグモから符術の基本知識やこの村の歴史の話を聞いた頃にはずいぶんと夜も更けていた。ヤグモからあてがわれた部屋に移り、ユキジも床に着く。窓からは高く上がった月が見える。目を瞑ってみるがなかなか寝付けない。四半刻ぐらいったったときだろうか? ユキジの部屋の扉が静かに叩かれた。
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